勤務初日!配属先は冒険者アドバイス課!

 帰宅して、採用された事を伝えると、妻は泣いて喜んでくれた。その日の夕飯は豪勢で、食後には妻のお手製のケーキが出てきた。子供たちから、ネクタイをプレゼントされて、私は喜びで涙腺が緩んだ。最近、涙脆い。やはり転職を決意して良かった。その日は早めに床に就いて、ぐっすりと眠った。


 次の日、冒険者ギルドへ出社すると、面接の時にオーフェンの部屋へ案内してくれた受付嬢が、満面の笑みで私に話し掛けてきた。


「フェイさん!これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 受付嬢は、にこやかに雑談をしながら、私の所属する部署へ案内してくれた。恐らく緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。ありがたい。


「ここが、今日からフェイさんが働く『冒険アドバイス課』です」

「ありがとうございます」

「業務内容などは、部署の人達から聞いてくださいね。では、失礼します」

 受付嬢は頭を下げて、スタスタと去って行った。姿が見えなくなるまで見送って、私は緊張しながら、部署のドアを開けた。


 そこには十数人のスタッフが居た。皆がせわしなく動きながら、書類を運んだり、PCで何かを入力している。兎に角、挨拶しなければ……と、まごついていると、奥にいた女性が私の姿を確認して近づいてきた。


「貴方が新しく採用されたフェイ・アブストさん?」

 女性にしては、低めの落ち着いた声。年齢は20代中盤くらいだろうか?凛とした雰囲気の女性だ。ダークスーツに身を包み、姿勢正しく私を見つめる。仕事の出来るキャリアウーマン風。目元が涼やかなクール系美人だ。無表情なので、少し怖い印象を受けた。長い黒髪を後ろで束ねていて、薄く化粧をしている。


「はい!」

 元気よく返事をすると、女性はニコリ、と笑った。さっきまでの印象とはガラリと変わって、優しい聖母の様に見える。


「こちらへどうぞ」

 女性の机の前に案内される。私が机の前に立つと、女性はパンパンと両手を叩いて、オフィスに居る皆の視線を集めた。


「はい!皆さん!聞いてください!この度、新しく採用されたフェイ・アブストさんです!フェイさん、皆に自己紹介して」

 どうやら、この女性が、この部署の責任者らしい。私は咳払いしてから、部署の皆を見渡して言った。


「初めまして!フェイ・アブストと申します!もうロートルな年齢ではありますが、新人の気持ちで粉骨砕身ふんこつさいしん、頑張ります!皆様、ご指導ご鞭撻べんたつの程、よろしくお願いします!」

 頭を下げて、私が大きな声で自己紹介をすると、パチパチと、まばらな拍手が起こった。皆が笑顔で歓迎してくれているのが分かる。ホッと胸をなでおろして、私は頭を上げた。


「フェイさん、私はここの部長をしてます。アリスです。よろしくお願いします」

 アリスは笑顔で私に言った。やはり責任者だったのか。この若さで管理職ということは、かなり仕事が出来るのだろう。私の第一印象は間違っていなかった。


「アリス部長、こちらこそ、よろしくお願いします」

「では、先ずはOJTですね」

 OJT……オン・ザ・ジョブ・トレーニング。現任訓練げんにんくんれんってやつだ。実務をしながら、仕事を覚える訓練方法。魔王軍の時、新人が入る度にやったなあ……と懐かしい気持ちになりながら、私は、はい!と返事をした。


「とは言っても、ギルド長から貴方の戦闘知識の高さは聞いているから、問題ないと思ってます。見て学んで欲しいのは、荒くれ者の多い、冒険者との折衝せっしょうや、向こうの問題点を探して、指摘してあげる、などの会話のスキル面ね。取り敢えず、今日一日は、私と行動を共にしてください」

「分かりました!よろしくお願いします!」

 アリスは、ニッコリと笑って、歩き始めた。


「着いてきて。隣がアドバイススペース。もう、厄介な相談事を持って、冒険者たちが待っているわよ」

「はい!」








「だからさー、俺ってそれなりのレベルの魔法使いじゃん?今のパーティーだと、周りのレベルが低すぎて、俺の持ち味を活かせないって言うかさー」

 初めに相談事を持ってきたのは、レベル10の魔法使い。私からすると、ようやく卵からかえったヒヨコだ。彼はどうやら、自分の能力を過大評価しているようで、その不満をぶつけに来ているようだった。


「だからさー、もっと高レベルのパーティーに入れて欲しいんだよね」

「なるほど。ちなみにパーティー編成は、どの様なメンバーですか?」

 アリスは、表情一つ変えずに、魔法使いに質問をする。


「あー、剣士と格闘家と僧侶だよ」

「凄くバランスのとれたパーティですね」

「そうだなー。確かにあいつらとのコンビネーションは良い感じだ」

 アリスは魔法使いの相談を丁寧に聞きながら、アドバイスを続けた。そして最後には魔法使いに、このパーティーで、もう少し頑張るよ、とまで言わせた。


「流石です、アリス部長」

「ありがと。でも、結構、ストレスだったわ」

 ははは、っと笑って、アリスは言った。


「さあ、次の案件、行くわよ」

「はい!」


 その後も、初心者パーティーの効率的なレベルアップ方法の相談や、中級冒険者の装備品の相談など、仕事内容は多岐に渡った。私は必死でメモを取りながら、アリスの仕事ぶりに関心していた。


「フェイ、そろそろ昼休みね。食堂に案内するわ」

 アリスに連れられて、食堂へ行った。食堂は広い木造仕立ての建物で、冒険者ギルドに勤めている様々な職員たちが、和気あいあいと会話をしながら、食事を楽しんでいた。魔王軍とは大違い。食事している暇などなかったし、そもそも食堂なんて施設すらなかった。


「何を食べる?私の部署に来て初日だし、良かったらおごるわよ」

「いえ、妻からお弁当を持たされてまして」

「あら!貴方、結婚していたのね」

「はい。もう結婚して20年になります」

「じゃあ、随分若い時に結婚したのね」

 アリスと共に、テーブルで食事をしながら、お互いのプライベートな事について話をした。


 アリスは私より一回り下の年齢で、シングルマザーとの事だった。この仕事に就いて10年。キャリアウーマンだ。10代の頃は、とある勇者パーティーで、剣士をしていたらしい。


「フェイは前は、どんな会社に居たの?」

「私は……前職も人材派遣です。各地に戦闘能力の高い冒険者を送る仕事をしていました」

 嘘だ。だが、まあ……言ってる事は間違いじゃない。


「貴方自身が元冒険者だって聞いたわ」

「はい」

「レベルって幾つなの?」

「最近測ってないので、分かりませんが、40くらいです」

「凄い!40なんて、王国にも、なかなか居ないわよ」

 これも嘘だ。正確なレベルは、130である。そんじょそこらの勇者パーティーには負けない。


「さて……午後からは、貴方が冒険者たちの相談事に乗ってあげて。後ろで私がフォローするわ」

「もうですか?」

「大丈夫!自信を持って!」

「分かりました……」

 少しだけ憂鬱ゆううつな気分になったが、頬を軽く叩いて、気合いを入れた。失敗したっていい。魔王軍じゃないんだ。何かあっても殺される訳じゃない。


 私はアリスと共に、冒険者アドバイススペースへ向かった。

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