転職!冒険者ギルドへ!

 辞めるのには苦労した。予想通り引き止められたのだ。魔王様は、あの手この手を使って、私を辞めさせまいとした。給与を上げると言ったり、労働時間の改善を提案したり、恫喝どうかつしたりした。最後には泣きついてきたが、私の意思は固かった。数日、時間は掛かったが、私は魔王軍を退職することが出来た。


 魔王軍を辞めた、その日、久しぶりに日が沈まぬ時間に帰路についた。思わずスキップしそうになるほどの爽快感。明日からは、子供たちと会話も出来るだろう。妻と子供たちと、旅行にも行けるだろう。6時間以上、眠れるだろう。やりたい事が頭の中を支配した。


 帰宅して、妻に魔王軍を辞めた事を伝えると、妻は喜んで、抱きついてきた。私も妻を強く抱き締めた。その日は子供たちも一緒に食卓を囲んだ。あぁ……幸せだ。


 有給が数週間残っていた。妻は、その間は、ゆっくりしましょうよ、と言ってくれたが、私は、この休みの間に、次の仕事を見つける事にした。今度は魔王軍関係ではなくて、且つ、ホワイトな仕事がしたい。営業は嫌だし、あまり人と関わらない事務仕事とかがしたいな……と、考えていた。


 街のハローワークへ行くと、様々な求人があったが、中々、私の望む条件の案件は無かった。絶対に妥協はしないぞ!と心に誓って、家に帰ってから、インターネットで仕事を探す事にした。


 しかし、そこでも中々、良い案件は見つからず、途方に暮れた。事務仕事だと、やはり給与面で折り合いがつかない。営業や現場仕事も視野に入れないとな……。


 しばらく、パソコンの前で格闘していると、とある求人サイトが目に入った。登録制の求人サイトで、自分のキャリアを記載し、望む条件を書き込めば、企業の方から面接しませんか?とスカウトしてくれる……と言ったサイトだ。これは良いぞ、と思って、祈る気持ちでサイトに登録した。


 次の日の朝、パソコンの電源を付けると、メールボックスに、昨日登録したサイトからメールの通知が来ていた。そこには【特別オファー:人材派遣会社:王国冒険者ギルドより】という題名のメールがある。期待で胸を膨らませながら、メールを開いた。


「初めまして。お世話になります。王国冒険者ギルドのギルド長、オーフェンと申します。弊社の事業内容は、冒険者への仕事の紹介、パーティ編成などのアドバイスを主にしております。この度、フェイ様をスカウトさせて頂いたのは、貴殿の高い戦闘能力と、知識が、弊社の求める人材とマッチしており、是非、一緒に働いて頂きたいと思ったからでございます。ずは一度、会ってお話を聞いて頂けると幸いです」


 給与面、事業内容、共にバッチリ。問題は、私が元魔王軍と言うことだ。その事は、キャリアシートには書かなかった。書いてしまえば、魔王軍関係の仕事しか紹介されないと思ったのだ。


 冒険者ギルド……魔王軍からすれば、敵対組織の人事部のようなもの。キャリアを隠して、面接を受けるのは心苦しいけれど、背に腹はかえられぬ。私は面接を受けたい事と、希望の日時を書いて、返信した。直ぐに返信があって、面接の日が決まった。






 面接当日、新しいスーツに着替えて、冒険者ギルドを訪れた。ネクタイを結びなおし、ギルドの前で深呼吸して、扉を開ける。程良い緊張感。背筋が伸びるのを感じた。


「いらっしゃいませ!冒険者ギルドへ、ようこそ!本日は、どの様なご用件ですか?」

 扉を開けた瞬間、カウンターから、元気よく受付の女性が話し掛けてきた。明るく眩しい笑顔。それを見ただけで、ここが良い職場だと分かる。受付というのは所謂いわゆる、会社の顔だ。ピシっとした制服にキチンと整えられた髪型。清潔感があって、誰が見ても好印象を抱くだろう。


「本日、面接予定のフェイと申します」

「フェイ様ですね。少々お待ちください」

 カウンターへ戻って台帳を開き、私の名前を確認すると、受付嬢は、にこやかに私に言った。


「ギルド長、オーフェンの部屋へご案内させて頂きます。こちらへ、どうぞ」

 受付嬢に連れられて、階段を上がり、とある一室に通された。部屋に入って、下座の席に腰掛ける。


「もう直ぐ、オーフェンが参ります。もう少々、お待ちください」

 ぺこり、と頭を下げて、受付嬢は部屋を出て行った。


 ゆっくりと部屋を見渡す。整理整頓された本棚。掃除が行き届いてツルツルの大理石の床。部屋の中央にあるデスクの上も綺麗で、私が魔王軍で働いていた書類の山積さんせきしていたオフィスとは大違いだ。空気すら澄んでいる気がする。


 こういう職場環境で働きたいな。面接への気合いが入った。ギルド長のオーフェンというのは、どんな人物なのだろうか。まるで新卒の気分でオーフェンを待つ。


 数分後、部屋のドアが開いた。


「こんにちは〜!お待たせしてしまい、申し訳ないです!」

 顔を出したのは、まだ20代にしか見えない、金髪碧眼きんぱつへきがんの背の低い男性だった。受付嬢と同じく、好印象。笑顔が明るく、身だしなみもしっかりしている。オーダーメイドのスーツだろう。体にフィットしていて、見ただけで高級なのが分かった。


「初めまして!フェイ・アブストと申します。この度は面接の機会を頂き、誠にありがとうございます!」

 勢いよく立ち上がって、目を見て、まず挨拶。笑顔と綺麗な起立姿勢を意識した。誰かを面接するのは何度も経験しているが、受けるのは、ほぼ初めてだ。緊張する。事前に就活マナー本を読み込んで、何度も練習したが、笑顔が引きつっているのが自分でも分かった。身体の前傾角度は約15度ぐらいだったか?緊張のあまり90度になりそうだ。


「あ、フェイさん、そんなにかしこまらないでください。弊社は確かに王国管理の役所の様な機関なので、行政機関の様に思われがちですが、数年前に民営化したので、風通しのいい、フランクな雰囲気の会社なんです」

「そ、そうですか……」

「さあ、面接を始めましょう!」

 オーフェンは満面の笑みを浮かべて、私の対面に座った。


「こちら、履歴書と職務経歴書になります」

 私は鞄の中から昨日、必死で作成した書類を取り出した。魔王軍の事を書かずに作成するのには、骨が折れたし、罪悪感もある。バレやしないかとドキドキしながら、オーフェンに手渡す。


オーフェンは数分間、真剣な目で、ゆっくりと書類に目を通した。そして、顔を上げて明るい笑顔をして、私に言った。


ずは志望動機をお聞かせ願えますか?」

「はい。正直に言いますと、御社の業務内容、条件に惹かれたのもあるのですが……」

「はい」

「ネガティブな理由にはなりますけど、前職が、かなり過酷な労働環境でして……」

「そうなんですね」

「なので、御社のようなホワイトな企業に対する憧れがあって……というのが、本音です」

「そういう正直な意見は好感が持てます。前職でも人材派遣業に就いてらしたんですよね?」

「はい」

 私は、ほっと一安心した。在り来たりな志望動機を口にしても良かったのだが、オーフェンの為人ひととなりを見て、薄っぺらい事を言っても伝わらないと感じたのだ。


「フェイさんは、プレイングマネージャーでしたね。部下との人間関係は良好でしたか?」

「はい!部下との関係は、とても良好でした。皆が必死で働いてくれて……とても遣り甲斐を感じていました」

「良いですね。例えばどんな部下が居ましたか?」

「色々な種族の……」

?」

 思わず、魔王軍の事を口にしてしまいそうになって、慌てて誤魔化す。


「ごほんごほん!いえ、職種の……部下が居たのですが」

「ああ……に聞こえました。職種ですね。失礼」

 オーフェンはニコリと笑って、軽く頭を下げた。


 その後もオーフェンは、明るく、様々な質問をしてきた。テンプレートの質問から、予想もしない質問、世間話や、趣味嗜好の話。いつの間にか、数時間が経っていた。


 ドアがノックされる音がして、オーフェンが返事をすると、受付嬢が入ってきて、次の面接予定の方が来られてます、と言った。オーフェンは慌てて、自分の腕時計を見て、私に頭を下げた。


「フェイさん、すいません。そういう事なので、面接はこの辺りで終わりにします」

「ありがとうございます。ちなみに面接結果は、いつ頃分かりますか?」

 私の素朴な疑問に、オーフェンは、キョトンとした目をして言った。


「フェイさん、分かりませんか?私は、そんなに暇な人間ではないんです。貴方には、そんな私が数時間掛けて、人柄を見るだけの価値がある。合格ですよ。明日から来れますか?」

 私は思わず立ち上がって、頭を下げた。涙が出そうだ。


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