【ギルドの万能アドバイザーは元魔王軍四天王!】

三角さんかく

魔王軍はブラック企業!

「もうこんなブラック企業は嫌だ……」


 私の名前は、フェイ。年齢は400歳を超えている。人間でいうと40歳くらいだ。魔王軍の一人として、数々の勇者を倒してきた私は、いつの間にか四天王の一人に昇進した。昇進してからは激務が続く毎日。上司からも部下からも、無理難題を押し付けられる毎日に、嫌気が差す。余りのストレスに、最近、髪の毛がチラホラと白く染まってしまっていた。


「フェイ様!ルソン村で新たな勇者が生まれました!」

「フェイ様!ゴシの洞窟のドラゴンがやられました!」

「フェイ様!勇者一行が伝説の剣を手に入れました!」


 今日も部下たちから上がる膨大なレポート。それを一つ一つ処理しながら、私は今日も残業確定だな……と遠い目をした。現場仕事をしながらマネジメントもこなす日々。まさにプレイングマネージャー。他の四天王たちは呑気のんきなもので、部屋に閉じこもって、自分の部下たちに指示しかしない。


 正直、殺意が湧く。最近では仕事をしない四天王彼らの部下たちまで、私の元へ相談にやってくる。元来がんらいの真面目な性格の所為せいで、それを断ることが出来ずに、また仕事が増えていくのだった。損な性格だと自分でも自覚しているが、慕ってくれる部下たちを無碍むげになど出来やしない。はあ~……と溜息をいて、私はキーボードを素早く叩いた。


 私が若手の頃には、PCという物などなかった……ここ数年の技術力の向上は凄い。世界記憶アカシックレコードへ接続出来る端末……今となっては、社会に欠かせない物となっている。最近、ようやくブラインドタッチが出来るようになって、仕事の効率は上がったが、それ以上に仕事量が増えているので、意味がない。


「新たな勇者のステータスを調べろ。それによって派遣する人材を決定する。ドラゴンは新しいヤツを用意しなければならないな……倉庫からゴーレムを出せ。一時的だが代用しよう。伝説の剣とやらの属性は何だ?火属性?なら水属性の魔族を送り込むぞ!」

 私は部下から上がった問題を一つ一つ処理していった。私の指示を聞いて、部下たちも必死になって働き始める。あー……こいつらも頑張ってるんだよなあ。私は自分の頬を両手でパンパンと叩いて気合を入れなおした。


 ようやく仕事が一段落して壁時計を見ると、とっくに天辺0:00を超えていた。まばらだが、オフィスには何人かの部下たちが残っている。私が帰らなければ、彼らも帰り辛いだろう。そう考えて、急いで帰り支度を始めた。帰路につこうとPCを閉じる。すると、オフィスに一人の部下が慌てて入って来た。


「フェイ様!勇者一行に賢者が加わりました!」

「あああああああ!もう!急いで処理する!」

 プツンと音を立ててシャットダウンしたPCの電源を再び押す。もうこんな日々は嫌だ……






 帰り道、トボトボと歩きながら自問自答を繰り返した。このままで良いのだろうか。毎日毎日、魂が薄く削られる感覚。浜辺に打ち上げられた魚の様だ。呼吸するのすら苦しい。そもそも働くって何なんだ?忙しすぎて、人生に張りがない。忙しいって字は、「心」を「亡くす」と書くってビジネス本で読んだな……。まさに心が死んでいくのが分かった。


「かと言って、この歳で転職もなあ……なんだかんだ給料は良いし、慕ってくれてる部下たちの事を思うと、辞め辛いな……子供たちも居るし……」

 そう、私は妻子ある身である。独身なら、貯金もあるし、サラッと辞めて、気ままに数ヶ月リフレッシュ!と言った事も出来ただろうが、叶わぬ夢だ。子供達は食べ盛りの育ちざかり。長男は今年、大学受験を控えている。


 腕時計を見ると深夜2時。最近では、可愛い子供たちと顔を突き合わせる事も少ない。


「ただいまぁー」

「おかえりなさい」

 家に着いて、玄関を開けると、明るく妻が出迎えてくれた。嬉しい。


 毎日毎日、遅く帰る私を寝ずに待ってくれる妻。温かい家庭。涙が出そうなのを堪えて、私は冷静な声で妻をねぎらった。


「こんな時間まで起きてたのか。寝てていいのに……」

 私が、そう言うと妻はキョトンとした目をして、微笑んだ。


「何言ってるのよ。私たちの為に、夜遅くまで働いてくれてる貴方に、そんなこと出来やしないわ」

「……」

 駄目だ。このままでは泣いてしまう。私は欠伸あくびをしたふりをして、両目をぬぐった。


「ご飯食べる?お風呂は沸かしてあるから、先に入る?」

「じゃあ、風呂に入ってくる」

「分かったわ。じゃあ、上がる頃に食事を用意するわね。メニューは、貴方の大好物の唐揚げよ。温め直しておくわね」

 妻と結婚して、本当に良かったと思う。彼女とは当時の上司に半ば強引に勧められた、お見合いで知り合った。恋愛結婚ではなかったけれど、本当に幸せだ。やはり、転職など考えずに、家庭を守っていこう。


 風呂に入った。疲れた体に熱めの湯が染みる。そのまま寝てしまいそうになって、慌てて湯舟から上がり、体を洗った。鏡を見ると、やつれきった自分の顔が映る。ひげを剃りながら、もう私も歳だな……と暗い気持ちになった。


 風呂から上がると、リビングの方からただよってくる夕飯の匂いが、鼻孔をくすぐった。パパっと体を拭いて、服を着替え、リビングに向かう。


 テーブルに座って、食事が出来るのを待った。妻は鼻歌を歌いながら、唐揚げを温め直している。私は、かばんから書類とボールペンを取り出して、部下から出されたレポートに目を通した。レポートを読み、一つ一つチェックして、訂正箇所を見つけてはボールペンで直した。部下たちも必死だ。数年前に比べて、訂正箇所が減ってきている。部下たちの成長を感じて、私は思わず微笑んだ。この仕事は、とても辛いけれど遣り甲斐は感じる。


「ほら!もう出来ますから!書類を仕舞ってくださいな」

「あ、はいはい」

 妻に言われて、書類を鞄に仕舞った。


 食卓に運ばれてきた大皿に盛られた唐揚げを見て、食欲が刺激された。素早く箸を手に取って、食べる。美味しい。ストレスで胃痛に苦しむ毎日だが、不思議と妻の手料理だけは、喉を通った。バクバクと唐揚げに食らいついていると、妻が目の前に座って、真剣な目で私に言った。


「ねえ、貴方……」

「なんだ?」

「お仕事、休めませんか?」

「どうしたんだ、急に?」

 妻は、うるうると目をうるませて言った。


「このままだと、体を壊してしまうわ。子供たちも、成人するまで、まだ数年あるのよ。貯金は、貴方が無駄遣いしないから、かなりの額があるし、何より健康はお金では買えないわ」

「いや、そうは言ってもだな……」

「会社にとって、貴方の代わりは居ても、私たちにとっては、貴方の代わりは居ないのよ?」

「うーん……」

 私は悩んで、天井を見上げた。


「お願いよ、貴方。休むんじゃなくて、辞めてもいいわ。そうだわ!転職しない?どれだけ給料の少ない会社に転職したとしてもいいわ。私だって働くから」

 妻にそこまで言われて、私は決断した。


「分かった!明日、魔王様に辞めると伝えてくる!」

 私は、魔王軍を辞める事にした。

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