聖女様に耳かき<上>




ガリガリゴリゴリ、ガリガリゴリゴリ……




私こと、上倉敷かみくらしき小百合さゆり(26才)日本人は絶賛異世界転移中だ。

異世界転移……だがチートはない。それどころか地道にゴリゴリすり潰しながらポーション製造のお手伝いを行っている。




ガリゴリガリゴリ、ガリゴリリッ………




マンドラゴラの根、一角熊の肝、紅月貝の殻、七色菊の葉、とにかく何でもすり潰す。ポーションは基本は飲み薬。すり潰さないと飲み込めない。

傷薬に腹痛に、水虫、睡眠薬、と何でもあれ。治癒魔法でパァ―っと治せるのは聖女様しかいない。だからポーションがとっても大事。凶暴なモンスターがいて、それをやっつける冒険者がいて、攻撃魔法とか超武術とかでズッカンドッカン戦うのに、回復はポーション頼り。




ガリガリガリゴリ、ガリリゴリリッ……





今日も今日はで私はポーション作りのお手伝いをする。





「前から思ってたんだけど、このすり潰す作業って、もっと自動化出来ないのかしら?」


私の向かいの机で納品書のチェックをしているタッキーラに問いかけた。ちなみに彼の周りには書類の山。私のようにすり潰しのような作業をしている訳じゃないが、彼もまぁまぁ忙しい。


「自動化というと?」

「こう……さ、機械でゴリゴリすり潰せないの、水車とか、風車とか使ってさ?」


何だかライトノベルに出てきそうなこの世界の文明は、ライトノベルみたいなノリの中世ヨーロッパ風の世界観で石炭やガソリンを燃焼させて動かすような内燃機関はない。だから風車と水車を例に出したのだけど、その目論見はあっさりとタッキーラに否定された。


「それは出来ない」

「何でよ?」

「効果が薄まる」

「何で?」

「練り込まれるマナ濃度が薄いからだ」

「マナ?」


マナって言うと、魔力マナ??

ゲームや漫画でお馴染みの?

そんなのあったの!?

タッキーラの話によると生物にはマナという不思議パワーが宿っていて……という何だかテンプレな設定と、それが人力でゴリゴリやる作業の間に材料に練り込まれることでポーションに不思議パワーが宿るらしいという説明を聞く。


「それって風車とか水車は駄目なの」

「駄目だ」

「…………」


何よ、その設定。何だか納得いかないな。憤然とするのだが、そんな私の顔を見て、タッキーラは何ともその通りな言葉を口にした。


「だいたい、もしもその作業が自動化してしまったらお前の仕事がなくなるぞ」

「…………っあ!?」

「お前がここで働けているのは、すり潰すのが先生の次に上手いからだ」

「ソウデスカ」


すり潰すのが上手い女。それがこの研究所における私の評価らしい。

いや、判ってたんだけどね。

あれ?

そこでふと気づく。


「じゃあさ――」


ちょっと期待を込めて訊いてみた。


「私って、ひょっとして普通の人よりもマナを沢山持ってたりするのかな?」

「いや、むしろ少ない方だと思うが?」

「え!?……そ、そうなの?」

「ああ、多分、俺の方が多いくらいじゃないのか」

「ちょっ、だったら何で私だけがゴリゴリやらなきゃなんないのよ!」

「お前はマナの量が並みの代わりに、潰している間に材料に混入するマナの量が常人よりも多いんだ」

「な、なにそれ……」


何ソレ、全然嬉しくない。

いちおうそれもチートってことになるのかな?


「これだけ効率よくマナを材料に練り込める薬師は100人に1人いるかどうかだ。まぁ、そこは自慢してもいいかもしれんな」

「ソウデスカ」


100人に1人。チートっていうには、ちょっと微妙……

まぁ、その代わりに仕事と居場所が見つかったから良いんだけどさ。

いたたまれない気持ちになって、私は作業を再開する。




ガリガリゴリゴリ、ゴリゴリガリガリ……






そしてある日、本当のチート持ちが突然現れた。

その人はとんでもない美女だった。金色の髪に紅玉のような瞳。肌は白磁のように白い。目鼻立ちは彫が深く、豊かな胸はいかにも女性的。そして何よりも纏う、雰囲気、オーラ、たたずまい。文句なしの絶世の美女だ。


「失礼します。わたくしはソニア・セラスと申します。カラッシニ老師はいらっしゃいますか?」


思わずぼけっと見惚れてしまっていた私に彼女は尋ねてきた。


「あ、いや……今は席を外していて……すぐに戻ってくると思いますが」

「そうですか。よろしければ少し待たせていただいても?」

「はい。だいじょう……あ!?」


そこで私は思い出す。

ソニア・セラス、知っている名前だ。金髪の超美人で名前がソニア、それはすなわち――


「聖女様であらせられますか?」


思わず身構えた。こんな研究所の隅っこでゴリゴリやってる自分がちょっと恥ずかしくなったからだ。

彼女は異世界からやって来た、世界でただ一人の治癒魔法の使い手。私みたいに異世界転移だけしちゃいました……みたいなモブとは違う。本物の主人公。チート・オブ・チート。

そうして先生が来るまでの間、ちょっとだけ喋ってみて


……………………この人、すっごい善い人だ。


心の底から納得してしまった。この人、すごく善い人だ。おしとやかで、優しくて、頭が良くて、それでいてちっとも嫌味じゃない。ナニコノ完璧生物。良かった~、わたし聖女じゃなくて良かった~、こんな人の代わりとか無理無理無理、絶対無理~。

小市民である私は瞬く間に白旗を上げて屈服する。

負けを認めれば後は楽なもんだ。人当たりの良い聖女様とすっかり意気投合。話をしている内に知ったのは、彼女がいた異世界は地球とは別の世界で、魔法があって、エルフやドワーフがいての、な異世界のようだった。ちなみににはエルフもドワーフもいない。人類はヒトだけだ。


「へぇ~、ソニア様のいた世界って、何だか楽しそうですね」

「サユリさんのいた世界もそうではないですか。一度でいいからクレープというものを食べてみたいものです」

「チョコレートも生クリームも、この世界にはないですからね」

「作り方はご存じないのですか?」

「いや~、無理ですよ。そもそも材料があるのかも謎ですし」


カカオ豆と牛乳から作れるのは何となく知っているが、作るとか無理。でも、もしも作り方を知っていたらそれこそ異世界チート出来たかもしれないんだよね。何でお菓子作りに挑戦しなかったんだ……てか、する筈ないか。チョコレートを湯煎するのならともかく、自宅でカカオからチョコレート作るなんて聞いたことがない。

それと違ってソニアさんはスゴイ。別に異世界召喚されていきなりチートスキルに目覚めた訳じゃなく、治癒魔法がもともと存在する世界の中でも彼女はエリートだったのだ。


「それを言ったら、サユリさんも元の世界では薬師だったのでしょう?」

「いや、まぁ……そうと言えば、そうなんですけどね」


実際には就職する前だったから薬剤師の卵といった所だ。


「まぁ、病気の話なんかはそれなりに詳しいですけど、この世界の病気や症状がそのまま当てはまるわけじゃないですしね」

「確かに、この国はわたくしのいた国とはあまりに違いますね」

「そうですよね~」

「ええ、わたくしも最初に『精神の窓』を見たときは吃驚びっくりしましたから」

「精神の窓?」


何だろ、それ?

異世界に来て、こっちの言葉は勝手に翻訳されてるんだけど、『空迷い』とか『虹の階』とか、何だかよく解らない言葉も多い。


「ああ、そうでした。異世界から来た人が全て見れる訳ではないのでしたね……ええっと、説明するのが難しいのですが、人間の持つ力の値とか――」


ん?

力の値??


「生まれ育つ中で身に着けた能力というか――」


んん?

身につけた能力??


「異世界から来たほとんどの人間は、そういったものが数字や文字で見ることが出来るのです」


んんん?

数字や文字で見れる??

それって……


「こう『ステータスオープン』と唱えることで――」

「ステータスオープン出来るのぉぉっ!!」


思わず絶叫してしまっていた。

あるの!? ステータス! っていうかステータス画面!!

しかも異世界人だったら大抵は見れるの!??

私、見れないんですけどぉぉっ!!!!


「えっと……サユリさん?」

「ああ、すいません、取り乱して……」


そうか……ソニアさんはステータスオープン出来るのか……いいなぁ~~~。


「そうだ。もしよろしければ、わたくしがサユリさんの『精神の窓』を確認してみましょうか?」

「え?……見れるの?」

「はい。他人の『精神の窓』は、かなり意識を集中しないと見れないのですが」

「かっ……か…………」

「か?」


鑑定スキル持ちかぁぁっ!!!

今度は何とか心の中だけで絶叫した。

何ソレ、鑑定スキル! アイテムボックスに並んで、異世界転移したときに一番欲しいスキルランキング第一位じゃないのぉぉっ!!

さすが主人公、さすが聖女様、まさしくチート・オブ・チートだわ。


「えっと、サユリさん……止めておきましょうか?」

「やって!!!」


ぜひ見て欲しい。

すっかり無いものだと思っていたステータス。それが確認出来るのだ。これで私の異世界チートライフがついにスタートする。そう思うとニヤニヤが止まらなかった。

そんな私を少し引き気味で眺めるソニア様。そうしてついに、異世界生活が始まってからずっと待ちわびていた運命の瞬間が訪れた……んだけど――


「えっと……それって高いんでしょうか? 低いんでしょうか?」


力やら、素早さやら、魔力やら、数字だけ言われても、良いのか悪いのか判んない。せめてレベルとか教えてくれたらいいんだけど、どうやらレベルという概念はないらしい。


「一般的な高さだと思います。サユリさんは兵としての訓練を積んだわけではありませんから、力や素早さといった数字が極端に高かったりはしないでしょうから。魔力は少し低い気がしますが、その代わりに器用さが高めですね」

「そ、そうですか……」


低い気がするとか、高めとか、微妙な表現だな。どうやら総評として、私の数値は押しなべて一般人くらいらしい。所詮、モブということか……いや、待て、まだスキルがある。

ここで一発逆転の異世界チートライフが――


「まぁ、凄い。サユリさんは3つもスキルをお持ちですわ」

「それって多いんですか?」

「はい。一つも所持していない方も珍しくありません。しかもその内の一つはユニークスキルです」


チート能力ユニークスキル キタァァァーーー!!!

来た! ついに私の時代が来たぁっ!!

心の中で喝さいを上げる。

しかし次のソニア様の言葉で爆上がりしていた私のテンションは急降下することとなった。


「サユリさんのスキルは『すり潰す』です」

「へ?」


スリツブス?


「そしてもう一つのスキルは『かき混ぜる』ですね」

「は?」


カキマゼル??


「素晴らしいですわ。双方ともポーションを作るには欠かせないスキルですね」

「そ、そうですか……」


何だろう。あんまり嬉しくない。というか、それだったら錬金とか合成とか、何かこうもっと格好いいスキルはなかったんだろうか?

いや、待て、大丈夫だ。私にはまだユニークスキルがある。それさえ当たりスキルならば――


「そしてサユリさんのユニークスキルは『健康長寿』です」

「け……健康長寿?」

「はい。病気になりにくく、怪我の治りも早く、健やかに長生きすることが出来る。夢のようなスキルです」

「そ、それは素晴らしいです……ね?」

「ええ、誰もが欲しがるスキルです。ただ……このことは口外しない方がいいかもしれません。世の中には『強奪』や『強盗』といった、というものがあります。サユリさんの『健康長寿』は殺してでも奪いたいと思う人がいても不思議ではありませんので」

「ソ、ソウデスカ……」


しかも命を奪われる可能性アリ。いや……まぁ、それだけ凄いスキルなのだ。そう納得しよう。

幸い他人のステータスを見れるのは異世界人だけだし、かなり意識しないと勝手に見えることもない。本人が黙ってさえいればバレる可能性はほぼないらしい。


「フ……フフフフッ……」

「サユリさん?」

「いえ、いいんです。いいんですよ……フフ」


『すり潰す』『かき混ぜる』そして『健康長寿』

いや、まぁ……いいんだけどね。今の仕事にそのまま反映した良いスキルだよ。でもあまりにも華がない。所詮、私はモブということか……


「サユリさん、本当に大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です……フフ」


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