第13話 ギルド受付女子高生④
マーカスさんが険しい顔をしてローブの袖から緑の小石を床にまいた。
その瞬間、赤髪は爆発的に素早く動いた。
ジョルトの双剣の片方を天井に弾き飛ばすと、反対側の手の指をサーベルの先でこじるようにして落とす。間髪をいれず振り返ると、後ろに回ろうとしていたハーフリングの頭に強烈な蹴りを浴びせた。小人の体は緑の小石の上に落ちる。
距離を取ろうと後ずさるマーカスさんの目の前に赤髪が迫る。
慌てて掲げたクオータースタッフごと胴体に切りつけた。
「んお……」
不明瞭な言葉を発してマーカスさんは膝をつき、床に倒れた。両断された長棒が音を立てて床に落ちる。
赤髪が私に振り返り、サーベルの背で自分の肩を叩きながら言った。
「ま、こんなもんだろ」
──私は目を開けた。
赤髪の騎士がニヤニヤ笑いを浮かべてこちらを見ている。
サーベルで口を切らないよう、顎が外れそうなくらい口を大きく開けて、私はその顔を見ていた。両手でカウンターの端をつかんでいる。そうしていないと恐怖で倒れてしまいそうだ。この男の凶暴な目に自分が写っているというだけで、物陰に隠れたい気持ちで一杯になる。
ギルド長が出席している『街の未来を考える会』の会場は領主の屋敷、街の正反対だ。体育祭のリレーで女子の部アンカーをしていたユキといえど、行って帰って二十分はかかる。
ギルド長が助けてくれるまで早くてあと十五分。とてもじゃないけど長すぎる。赤髪がその気になれば、五秒で私を八つ裂きにできそうなのに。
「あ、あの、その」
ミリさんが私の横で怯えながら言う。
「や、止めてあげてください。サチちゃんは、その、まだ若い女の子なんですから」
赤髪の顔から表情が消えた。
「獣人、次お前が口を開いたら。……この女もお前も首をはねる」
兎耳のミリさんが毛の生えた手で自身の口を抑えたのが目の端に写った。
「うぃいあはん(ミリさん)、あらひああいあうあから(私は大丈夫だから)」
閉じられない口から涎があごを伝うのを感じながら私は言った。
「かっはっは、何言ってるか全然分かんねえ~」
赤髪が笑いながら言う。
「さーてと、どうしよっかな。ただ殺すのもつまらねえが、執務室漁ること考えたら時間もねえし……あ、そうだ」
男の目が凶暴さの度合いを増した。
「口が耳まで裂けるってよく言うけどよ、実際にそこまで裂けてるやつみたことないよな。お前が初めての只人になれるぜ」
戦慄した。この男、本当にやるつもりだ。
「やえへ(やめて)」
涙を流しながら私は命乞いをした。
「あえあいいあふ(お願いします)。ああひへ(許して)」
「笑わすなよ~、さっきも言ったろ。何言ってるか分かんねえって。助けてほしかったら口の中ずたずたにして詫び入れろや」
そんなの選べるわけがない。でも、早く決めないと。頭の中が恐怖と後悔でぐちゃぐちゃになる。酸素が欲しくて必死に息を吸い込んだ。サーベルの味が口の中を満たす。ああ、もうダメだ。
「おい! 何をしている!」
男の声がロビーに響いた。若く自身に満ちた声。
赤髪の背後、ギルドの入り口に彼は立っていた。黒い髪、白コート、腰には日本風の刀を佩いている。年は私と同じくらいのその青年は、自分より頭一つ分背が高い赤髪を少しも怯えず見上げて言った。
「今すぐその人から離れろ、この
赤髪が無言で私の口からサーベルを抜いた。闖入者に向き直る。
私はカウンターにもたれかかるようにして、ヘナヘナと座り込むのを何とか防いだ。よだれと涙がカウンターに落ちるのにも構わず、新鮮な空気を何度も肺に送り込む。生きてる……なんとか、まだ生きてる。おまけに口裂け女にもならずにすんだ。
ミリさんが私の肩に手を当ててハンカチを貸してくれた。ありがたく受け取って顔を拭く。
「それで、てめえ様はどこの誰だ?」
赤髪が言った。無造作に立っているようだが、サーベルを下段に構え、相手の斬りかかりに対応できるようにしている。
「僕は……冒険者だ」
「はあ?」
ピントのずれた回答に赤髪が苛立った声を上げていると、入り口に青年の仲間とおぼしき若い女三人が立った。金髪の騎士、鉤爪の武器をつけた猫族、ローブに三角帽子と魔法使い風の格好をしたエルフ。見目麗しい者ばかりだった。
「エカテリーナもエロッサもエリザも、皆手を出さないでくれ。こいつとは僕一人でやる」
青年も刀を抜いて構えた。
「ご主人様、怒ってるニャ」
猫族の女が言った。猫族の名前の法則からは外れているが、多分彼女がエロッサだろう。
「クソが。次から次に邪魔が入ってイラつくぜ」
赤髪から仕掛けた。フェイント混じりの剣を青年は正確に受ける。四度、彼らは剣と刀を打ち合わせた。
「はあん」
赤髪が一歩下がる。
「多少はやるようだが、でかい口叩くほどじゃねえな。お前一人でいいのか? 次で耳か指を落としてやるよ。その次は目だ」
正直なところ、私にはどちらが優勢かは全くわからない。だが、青年と後ろの女達の表情のこわばりからして、赤髪の言うことは正しいようだ。
「エリザ、大丈夫」
青年はそう言うと刀を鞘に戻して居合の構えを取った。
「僕は負けない」
もしも彼が負けたら、何もかも投げ出して逃げよう。私は思った。中央執行監査官も悪魔との契約も知ったことか。ユキと一緒に、どこまでも遠くへ逃げるんだ。
……だけど、どんなに都合の良い想像をしても、ガーシュウィンのあのドアから逃げられるビジョンを思い浮かべることはできなかった。
赤髪が踏み込んだ。宣言とは異なり喉元を狙うサーベルが突き出される。
鞘から刀が抜かれた。
ギイィィン!
金属音がロビーにこだまする。
青年の刀が、サーベルの刃を中程から切り落とした。刀は赤く発光している。
「その武器、魔道具か!」
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