第14話 ギルド受付女子高生⑤
後ろに飛び退りながら赤髪が言った。彼は正確にジョルトの剣の横に着地する。
「
青年は赤く色を変えた刀を自分の顔の横で蜻蛉に構える。
追い詰められているように見えるが、赤髪は敗北を認めたりしない。なにか奥の手があるのだろうか。
にらみ合う二人の間に緊張が膨れ上がっていった。
動く、そう思った時、二人の間に宙に浮く氷の結晶が現れた。結晶はみるみる大きくなっていき、ボウリングの玉くらいのサイズになった。
「なんだあ?」
赤髪がそういった瞬間、結晶が
「そこまでです!!」
ギルド長の緊迫した声。彼は右手に
「中央執行監査局から令状なしでいらっしゃったようで。……随分と暴れてくれましたね」
赤髪は氷の柱で分断されてなお用心深く青年から距離を取った。
「はっ。これまた早いお戻りで。やましいことがあるって言ってるようなもんじゃねえか」
「やましい事があるのはあなたでしょう。私の不在を狙ってギルドに現れ、冒険者を襲撃したのですから。今回の件は然るべき筋から、帝都に厳重に抗議させていただきます」
「…………ちっ」
赤く光る刀を構える青年とギルド長を交互に見た赤髪は、折れたサーベルを鞘に戻し氷の柱を飛び越えてギルドの扉に向かった。ギルド長を思い切り睨みつけ、中央執行監査官は冒険者ギルドを去っていった。
安堵で倒れ込みそうになる足に気合を入れて、カウンターを出る。
床に座り、壁を背にうなだれるジョルト。右腕を下にした不自然な格好で倒れ、ピクリとも動かないハーフリング。そして……
「マーカスさん!」
氷の柱をくぐり、血の池にうつ伏せに倒れる彼に駆け寄る。
受付の制服が汚れるのにも構わず、彼を仰向けにした。ローブは赤く染まっていたが、まだ息がある。長棒越しに切られたことで致命傷を避けられたようだ。ギルド長が私の横に膝立ちになる。
「かなりの重傷ですね。ミリくん! 金庫から
ハーフリングの男はすでに事切れていた。白いコートの線の細い黒髪の青年がハーフリングの体を起こしたが、ギルド長に向かって首を横に振っている。
ギルド長がナイフでマーカスさんのローブを切るのを手伝っていると、ユキが息を切らせて入ってきた。
「中が落ち着くまで表閉めちゃいますね。わたし外に立っててクエスト報告の冒険者は裏手に回るように言います」
「すみませんね、お願いします」
ギルド長が言った。
「落ち着く……というか、この氷の柱は五日くらい消えないんですが。皆さんにはご不便をおかけします」
持ってきた水薬を彼に渡しながら、ミリさんがうさ耳を丸めた。
「え、そうなんですか。明日からどうしましょう」
「このまま営業するしかないでしょうね」
黒髪の青年のグループの金髪の騎士の女が青年の横に立った。
「サトル殿の
やっぱり彼は日本人、私達と同じ転移者か。私がそう思って見ていると、サトルは渋面を作った。
「この刀は僕の怒りに呼応して力を発揮するんだ。無機物が相手だとちょっと難しいかなって」
「そ、そうか。すまんな適当なことを言ってしまって」
「ごめんね、僕にもっと力があれば」
「何を言う! サトル殿はあの帝都の騎士と一歩も引かず真っ向からやりあったじゃないか。剣を切られたときのあの赤髪の驚いた顔、胸がすく思いだったぞ」
ちなみに切られたサーベルは
「サトルさんたち『ブシドー』の皆さんには、後日聴取と今回ギルドをお助けいただいた謝礼をお渡しする場を設けたいと思います。今日のところはお引取りいただいて結構ですよ」
エルフのギルド長が言った。彼はマーカスさんの傷口に水薬を塗り、口に残りを含ませている。血が止まり、ゆっくりとだが再生が始まっている。傷の治る痛みにマーカスさんがうめき声をもらしている。隣ではミリさんに治療してもらっているジョルトが大声で喚いていた。
「おおいってえ、クソ。今日はマスかくのにも苦労しそうだ」
彼は麻酔代わりに噛みタバコを取り出すと口に含んだ。
「それで、どうするんだよ。あの騎士野郎、明日にでもまた来るんじゃないのか? 令状とかいうの引っ提げて」
ギルド長は眉をひそめ、あごに手を当てた。ブシドー一行が出ていくのを見届けると、彼は口を開いた。
「おそらくですが、それはないでしょう。実を言うと今日の『街の未来を考える会』のトピックの一つが中央執行監査局についてでした。ユキくんが扉を派手に開けて登場したので監査局については会のメンバーにも強く印象に残っているはずです。私はこのあと領主殿のところに再度飛んで、帝都への根回しの準備をしておきます。それがあれば、数ヶ月は時間が稼げるでしょう。そして……」
彼は言葉を切ってジョルトとマーカスさん、そして私を見渡した。
「その間にすべての黒依頼をこなしてしまいます」
「まさかあんたたちが黒依頼の斡旋をしているなんてね。派遣の受付なんてほとんど聞いたことないし、変だとは思ってたけど」
翌日、人のいない昼下がりにミリさんが言った。エルフの作った魔法の氷は未だギルドのロビーに柱を作っている。
カウンターには木皿に入れられたミリさん特製クッキーが置かれている。クッキーはプレーンとナッツ入りのと二種類あった。どちらもさっくりと甘くてとても美味しい。
ユキがお茶を持ってくる。私は礼を言って受け取ると、傷の残る掲示板に目をそらした。
「いやー、そうなんですよ。まあ成り行きっていうか。あはは」
「受付も長くやってると、そういう怪しい噂を聞くこともあったけど、まさか自分のギルドがやってるとはね」
ミリさんがお茶を何度もふーふーして冷ましている。獣人は総じて熱いスープやお茶が苦手らしい。
「あんたたち二人は賢いから危険も承知の上だろうし、なんでそんな仕事を? とかいまさら聞かないけどさ。でもほんと、気をつけなよ。ギルドと冒険者がグルになってやってる黒依頼はとにかく、ハメ依頼の方は受付も相当恨まれるらしいから」
ミリさんのクッキーを口いっぱいに頬張ったままユキが私を見てきた。聞き慣れない単語だ。彼女に変わって私が尋ねる。
「ハメ依頼って、なんですか?」
「ああ、知らなかった? そっか、うちのギルドじゃそういうのやってないのかもね。ちょっと安心。ハメ依頼っていうのは、その名の通り冒険者をハメる依頼のこと。よくあるのはクエスト条件を違うものと差し替えるみたいなやつ。例えば大蛇の討伐って言っておいてハーピーの巣に向かわせるようなの。ギルドが敵対してるなんて普通は気づかないから、大怪我したり死んじゃったりするわけ。依頼人次第では、偽の依頼書で呼び出して複数人で待ち伏せして襲うものなんかもあるらしいよ」
ユキがようやくクッキーを飲み込んで口を開く。
「その、ハメ依頼をするメリットってなんでしょう。クエストの失敗はギルドの評価のマイナスにもなりますし、ギルドにとって資産である冒険者を失うわけですよね。それに襲撃するとしたら、襲った側の冒険者も、自分たちもいつかハメられるかもって不安になってしまいます」
「……全部ユキちゃんの言うとおりだよ。だからハメ依頼ってのは数が少ないし、大体の場合は貴族の中でもかなり権力の強い人が無理やり持ちかけることが多い。理由はいろいろだよ。別の貴族の子飼いの冒険者を削っておきたいとか、所持している魔道具がほしいとか、恋心のもつれやタメ口をきいたのが嫌だったとか、くだらないのまで。それにね」
ミリさんは肩をすくめた。
「自分が仕掛ける側に回ってる連中は、いつか自分がハメられるかもなんて考えないもんさ」
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