第12話 ギルド受付女子高生③

 ミリさんが慌てて立ち上がる。帝都騎士団であるなら貴族である可能性が高い。椅子に座りっぱなしは不興を買うかもしれない。

「えーっと、はい、そうです。『街の未来を考える会』に出ておりまして、申し訳ありません。会議室が多少広いスペースになっておりまして、そちらでお待ちいただくか、もしくはお休みの場所をお伝えいただければ戻り次第遣いを出すことも出来ます」

「ああ、そーいうのいいから」

 男は面倒くさそうに手でハエを払うような仕草をした。

「ギルド長のさあ、執務室に案内してよ。資料の調査すっから」

「はい?」

「さすが獣人。耳と頭どっちも悪いんだな。俺は、執務室に案内しろって言ってんだよ」

 かつて被差別階級であった獣人への差別は現在でも帝国全土に根強く残っている。公の場での差別的発言は処罰の対象になると一応は決まっているが、今でも公然とそういう発言をする者はいる。身分が低い者の中にも、高い者の中にも。

「ちょっと!」

「いいの。サチちゃん、大丈夫」

 食ってかかろうとした私の制服をミリさんが引っ張る。『慣れてるから』彼女は以前私にそう言った。

「ええっと、帝都騎士団の方、ですよね」

「見りゃ分かんだろ。このギルドくせーぜ。つってもお前ら獣人のにおいじゃねえ。金だよ。表に出せねえ金のにおいがプンプンしやがる。その調査するために帝都からわざわざこんな田舎くんだりまで来てやったのよ」

 横柄な態度を取り続ける男の肩には金の記章が縫い付けられていた。私とユキがマーカスさんとともに執務室に呼ばれた日に、ギルド長から教えられたのとおなじ記章。『帝国中央執行監査官』への所属を示している。

「まあお前らみたいな下っ端と話しても仕方ねえや。おら、早くしろ」

「は……はい。ではこちらへ」

 男の迫力にすっかり飲まれたミリさんが案内しようと一歩を踏み出した。

「それは出来ません!」

 はっきりとした拒絶の声が冒険者ギルドのロビーに響く。

 ギルドの奥の階段を登ろうとしていた赤髪が振り返り、睨みつけた。私の顔を。

 『中央執行監査官は非常に厄介だ』そうギルド長は言っていた。国家事業のお目付け役として帝都から派遣される彼らは、高い捜査能力と情報処理能力を持つ。そして冒険者ギルドAランクにも引けを取らないほどに戦闘力も高く、プライドはさらに高いため脅迫も買収も効かない。監査官をうまく手のひらの上で転がしたつもりで骨の髄までしゃぶられ、事業もお家もボロボロにされて死んだ貴族をギルド長は何人も見てきたという。

 そんな男を執務室に野放しにすれば、黒依頼に関わっている私たちはあっという間にお縄だろう。

 赤髪は剣呑な空気を撒き散らしながらカウンターの前に戻ってきた。

「てめえ今、なんつった?」

 緊張でつばを飲み込むのを意思の力で抑え、なるべく平静を装って私は言う。

「国営組織である冒険者ギルドに執行監査官が調査を入れるときは、宰相のサイン入りの強制執行令状が必要です。『帝国憲章、ギルドの組織・運営に関わる事項』第……」

「十二条」

 隣に立つユキが言った。私はわざとらしくうなづく。

「そう、十二条。今、令状お持ちじゃないですよね?」

 もちろん持ってないだろう。でなきゃこんなふうに、ギルド長の不在を狙って来る必要がない。

 私たちはこれでも花の女子高生だ。英単語だろうが元素記号だろうが、ギルドについての法律だろうが、その気になれば三日で暗記できる。異世界に来てからは命がかかっているのだから、必死さは期末試験の比ではない。

「は、令状だと? 俺に言ってんのか? おい、おめーみたいなクソ雑魚受付女がエラソーに俺にもの言ってんのか?」

 はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。赤髪は私より三十センチは身長が上だし、プロ野球選手みたいにゴツい体つきだ。そんな男にドスの利いた声で罵られたら誰だって怖いだろう。唯一のアドバンテージは、ここが今の私のホームだということくらいだ。

 つまり、ギルドの闇を暴かれて困るのは私とユキだけじゃないってこと。

「おいおいおい、騎士様だか貴族様だかしらねえが、偉そうにしてる割に女にがん飛ばすことしかできねーのな」

 壁際の丸テーブルに腰掛けていたジョルトが立ち上がりながら言った。両手を腰に当て、いつでも双剣を抜けるようにしている。チームを組んでいる盗賊風のハーフリングの男とともに、マーカスさんも立ち上がった。

「職員を威圧し暴行を加えようとしているため、それを制止しようとした。これなら魔法の使用も認められるだろう」

「ほお」

 赤髪を編み込んだ騎士はばかにするような顔つきで三人を見た。

「なんだなんだ、三下が雁首揃えてアホ面さらしてら。俺が上に行くと困っちまう連中かな?」

「言っとくが脅しじゃねえぞ。膾切りにされたくなけりゃ──」

「分かった分かった。ピーチクパーチクさえずってないで、とっとと来いよ」

 ジョルトの言葉を遮って赤髪は腰のサーベルを抜く。

 三対一。おまけに監査官はサーベル一本だけ。だが……

 私は隣にいるユキの顔を見た。

 (行って)

 唇を動かしてそう告げる。ユキはわずかにうなづくと、赤髪の視線が切れている間にカウンターの奥の職員用扉をくぐった。あっちに出口はないが、窓から外に出られる。

 本当は私も逃げ出したいけど、紛いなりにも私のために戦おうとしてくれてる人たちを置いていく訳にも行かない。

 ……というだけではなく、ギルドの営業時間中に二人一緒に現場を離れることが職務放棄につながるかもと思ったからだ。悪魔との契約を破ればどうなるのか、身をもって体験したいと思う者はいないだろう。

 最初の一分ほど、勝負は拮抗しているかに見えた。ジョルトの二刀流とハーフリングの後方からの一撃バックスタブを、赤髪は忙しくロビー中を動き回りながらサーベルでさばいている。赤髪の攻撃は二人にかすり傷を負わせるだけ。

 だがよく見ると、赤髪はサーベルと足さばきで常に二人のどちらかがマーカスさんとの間に来るようにしていた。魔法を封じるためだ。

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