第2話 密輸女子高生②

「待て。今なにか、水の音が聞こえなかったか。」

 検査官が言った。

「え、なんのことです。そんな音は何も……」

 ガウ・ルーが言ったが、検査官は剣を抜いた。

「そこの只人ヒュームの女、こっちへ来い」

 ユキがぎくりと体を震わせる。目の端ではガウ・ルーが懐に手を入れているのが見える。彼は自身の判断が早いことをいつも自慢していた。魔道具を使うつもりかもしれない。

「どうした、聞こえなかったか? こっちへ来いと言ったんだ。……ふむ。貴様、このあたりの人間ではないな。それに服のサイズも少しおかしい」

 他の検査官たちも手を止めてこちらを注目している。まずい、まずい、まずい。

 その時、私の目にそれは映った。

「ねえ、あれ煙じゃない!?」

 私は大声を出して城門の外を指さした。

 山間から黒い煙が一筋立ち上っている。他の者も煙に気づいて騒ぎ出した。

 ポケットから手を出しながらガウ・ルーが言う。

「火事か? あそこら辺には確か小さな村があったな」

「と、盗賊の襲撃なんじゃねえか? 村が、焼かれてるんだ!」

 私たちのずっと後ろに並んでいた男が大声で叫ぶと、パニックが伝染するように周囲の人間が口々に不安や怒りを口にし始めた。城門を閉めるべきだなどと言うものもいる。

「ええい、静かにしろ!」

 私たちの相手をしていた検査官が大声で言う。彼は検査官であると同時に、領主に仕え領民を保護する立場なのだ。

「第一班の五人は馬の準備をして付いて来い。現場を偵察する。お前は大隊長殿に報告に行け。それと非番の職員を招集。こちらは状況が分かり次第早馬を出す。いつでも動けるように準備しておけ」

 彼の矢継ぎ早の指示により現場は大きく動き始めた。

 周囲の混乱も収まる。あとには二名の検査官だけが残った。私は意を決して口を開いた。

「……それで、もう行っても良いですか」

 ドワーフの検査官が頭を書く。

「いや、ちょっと待ってくれ。さっき騒ぎが起きる前に──」

「そうとも!」

 ガウ・ルーが大声で相手の話を遮る。

「手元の書類を見てくれよ。入域許可書におたくらの隊長さんのサインが入ってるだろ。それでなんで俺たちが待たされなきゃいけないんだ。おまけにこの列を見ろ。百人以上がチェックを待ってる。あーあ可哀想に。あんたらがチンタラやってるせいであいつらは城門の外で夜を越えるハメになるぞ」

 戦争でもあれば別だが、騒ぎがあろうとなかろうと、街への人の出入りの数は変わらない。見ているうちにまた一組荷車を押す者たちが列に加わった。

 ドワーフの検査官は相棒を見る。相棒はどうしようもないさという風に首を振った。

「通ってよし。さっさと行け。よし、次のもの、来い。」

 私たち密輸商人の一行はにこやかに門を通ると、振り返らず足早に進んだ。

 目抜き通りを進み十分程歩いた頃、『盗賊の襲撃だ』と言った男が合流した。彼はガウ・ルーの手下の一人だ。火事そのものも仕込みだった。昨日のうちに近隣の村を尋ねて村人に金を握らせ、今日この時間に空き家に放火するよう頼んだのだ。煙が多く出るよう、空き家には松の生木をたっぷり放り込んである。

 路地を一本曲がり人気のない場所に出た途端、ガウ・ルーは喉の奥で唸り声を上げながらユキに詰め寄った。怒りで毛がチリチリと逆立っている。

「てめえ、どういうつもりだ。てめえのミスで俺たち全員お縄になるところだったぞ!」

「ご、ごめんなさい」

「最初に言ったよなあ、捕まったら死刑になるってよぉ。こんな簡単な仕事もこなせねえ緊張感のないやつは俺のチームにはいらねえ。てめえはク──」

「ちょっと待ってよ」

 最後まで待たず私は口を挟んだ。

「あぁ!?」

 ガウ・ルーが歯をむき出しにして私に凄む。私はつばを飲み込んで何を言うか整理した。

「積荷は生き物なんだから、どこで跳ねるとか跳ねないとか管理しようがないでしょ。そりゃ確かに転んだのはまずかったかもしれないけど、ユキは倒れずちゃんと荷車に捕まった。それにそもそもの話」

 私は門を突破してから、この話になるだろうと思って温めていた切り札を切った。

「村で空き家を燃やすのはユキの案なんだから、ユキは自分で自分をフォローしたことになる。それなのに責めたりクビにしたりってのは公平フェアじゃないんじゃないの?」

「あぁ!? そりゃ、おめえ……」

 裏稼業の人間は筋が通らないとか公平じゃないとか言われるのを嫌う。法の外にいるからこそ、ライバルや仲間たちにどう見られるかが重要になるのだ。

「ガウ・ルーさん。すみませんでした。それに、火事のあとに中に入れるよう上手く役人を丸め込んでいただきありがとうございます」

 ユキがそう言って頭を下げた。と言ってもロングスカートの重みが肩にのしかかっているため、わずかに首を動かしただけだったが。

「……ちっ」

 彼は石畳につばを吐いた。

「分かった。この話はこれで終わりだ。もうすぐ貸し倉庫に着く。最後まで気ぃ抜くんじゃねえぞ」

 さすが親分とか、かっこいいっすとか手下が言ってガウ・ルーの機嫌を取ってくれた。

 貸倉庫に着き、荷物をおろしたのはそれから一時間後。私の足と腰は荷物をおろしたあともギシギシと抗議の音を出していた。

 ガウ・ルーたちは裏の顔役に挨拶に行き、その足で密輸品をさばくという。私たちは彼らの分まで含めて三箇所の宿屋をおさえて回った。分散しているのは、手入れがあったときに一網打尽になることを防ぐためだ。

 今日はもう仕事はないとのことだったので、宿の一階の食堂で夕飯をとる。夕飯時だったためか、食堂は活気にあふれていた。

 私はバルバル鳥の香草焼き。ユキはシチューとパンが三つ。バルバル鳥自体は鶏と比べて固くポソポソしているが、日本で食べたことのないハーブが良く合っており、皮が香ばしくパリパリと焼けていて美味しかった。ユキのシチューもごろりとした野菜がいくつも入っており、美味しそうだ。朝に古いパンをかじって以来の食事だったため、私たちは会話も忘れて平らげた。布巾などは用意されておらず、手で口を拭う。次からはハンカチを持ってこよう。制服に入れっぱなしのはずだ。

 ユキはそっと自分の肩に触った。紐が食い込んだ跡は数日残るだろう。

「サチ、今日はありがとうね、助けてくれて。お腹空いてたから貧血起こしちゃったみたいで」

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