第3話 密輸女子高生③

「全然。こっちにきてからユキには何度も助けてもらってるし、お互い様じゃん。ユキだって、もし立場が逆だったら助けてくれるでしょ」

「ふふ、どうかなぁ。わたしサチみたいに口が上手く回らないから難しいかも」

 サチは私の呼び名だ。『伊藤美幸』。日本ではごく普通の名前だったが、こっちでは伊藤という名字のものすら見かけたことがない。ユキは『大神田深雪』。名字からして只者ではないが、実際大手電機メーカー創設者の一族らしい。

 美幸と深雪で紛らわしいため、私たちはサチ、ユキと互いを呼ぶし、この世界での名乗りもそれに合わせている。

「でも、本当に良かったよ。私たち二人とも無事で」

 言いながら私は鼻の奥にツンとしたものを感じた。

「だって、あの服ほんとに重かったし、並んでる時不安で不安で。おまけにあの犬頭、役人の前でいきなり話振ってきてすっごいビビったし」

「ちょっとサチ、獣人の身体的特徴をあげつらうようなことは……」

 あわててユキが周囲を見渡すが、騒がしい食堂で私たちの会話に耳をそばだたてる人はいなかったらしい。

「だからね、私いっつもユキには感謝してるし、ユキのスタイルの良さとかすごい羨ましいし、一緒に来たのがユキでホント良かったと思ってるし」

 私は食堂のテーブルに突っ伏した。右手には木でできたエールのジョッキを持ったままだ。日本ではお酒は二十歳になってからだが、こっちの世界に飲酒の年齢制限はないらしい。そもそも水よりもエールのほうが安い。

 そう思って注文したんだけど、ちょっと、飲みすぎたみたいで…………

「わたしもだよ。ありがとう、サチ」

 私をベッドまで運んでくれた誰かがそう言った気がした。


 荒野に荷車が一台置かれている。手下たちの前にガウ・ルーが立ち、その横には制服姿の私とユキ。

「前に人材派遣の話をしたな。今日からしばらくこの二人が俺たちの一味に加わる。おら、挨拶しろ」

 私たちはそれぞれ名乗ってよろしくお願いしますと言った。

 手下が下卑た笑みを浮かべながら私たちの顔や足を見ている。通学時や学校では意識したことがなかったが、この世界では制服のスカートは短すぎるのかもしれない。

 ガウ・ルーが苛立たしげに唸り声を上げた。

「俺は只人ヒュームの顔の良し悪しは分からねえが、お前らがさかってるのはわかるぞ。いいか、このガキどもは労働者としてここにいる。手を出したやつは、分かってるな」

 彼がその恐ろしい犬歯を見せると、手下たちは急に地面が興味深くなったみたいで視線を落とした。

「てめーらもその格好じゃ目立つな。仕事によって服を使い分けるが、普段はこれでも着てろ」

 ガウ・ルーは荷車からフード付きの黒いローブを引きずり出すと、私たちに投げつけた。いそいそとローブを羽織る。汗とかびの臭いがしたが、もちろん文句を言える立場ではない。

「よーし、まずは仕入れだ。サチとユキはその間にこの仕事について、しっかり頭に叩き込んでおけ」

「「はい」」

 私たちは異口同音に返事をした。他になんて言える?

 移動や荷降ろしの間にガウ・ルーや手下が語った話を総合すると、密輸には二種類ある。

 一つは脱税を目的とした密輸だ。

 小麦、スパイス、金や銀、陶器、毛糸、毛皮、そして魔法の触媒や水薬ポーションの材料などなど。おおよそ全ての交易品は各都市の域内の出入りおいて関税がかけられており、然るべき金額を都市に払わないと持ち込みも持ち出しも出来ない。

 古来より商品の偽装、荷馬車の二段底、書面のごまかしによる過小報告……。数多くの密輸方法が考案され、商人たちは関税に挑み続けてきた。

 もう一つの密輸は各都市、あるいは国家そのものから所持が禁じられた物品の不当な持ち込みだ。

 麻薬、指定魔道具、いくつかの生きた動物、信仰が禁じられている邪教の絵や偶像、禁書に指定された書籍。街によっては呪われていることが明白な武具の持ち込みを禁じている場合もある。

 ガウ・ルーの一党は主として後者の密輸を生業にしている。利ざやは大きいが、当然見つかったときのリスクも高い。また、検査官側への密告には報奨が出るため、チクリ屋を排除する必要もある。信用できる配下というのは貴重なのだ。そこで、期間を区切った臨時の仲間であり、契約によって秘密を口外できない私たちの出番となる……。 


 朝の鐘が鳴った。目を開けて宿屋の天井を見る。頭が痛い。小机に置かれていた水差しの細い取手を掴み、コップに水を汲む。追加の料金を払っただけあって美味しかった。

 同室のユキはまだ寝ている。彼女はちょっと朝が弱い。

「ほら、ユキ起きて。支度しよ」

「お母さん? やだ。みゆきもっと寝たいから……」

 そう言ってユキはガバっと目を開けた。

「わたし、今なんか寝言言ってなかった?」

「う、ううん。言ってないよ。全然。大丈夫」

 口の端がにやけてしまう。

 また一日が始まると思うと憂鬱になるが、彼女がいるだけで何とかやっていける。

 パンを齧り集合場所に行くと、すでにガウ・ルーも手下たちも揃っていた。

「遅いぞ」

「すみません」

 私たちは謝罪をして集まりの端に立った。悪党は集合時間よりも早く来る。覚えておかなくては。

 ガウ・ルーの犬耳は昨日まで両方とも黒かったが、今日は片耳が茶色になっていた。後で聞いたら変装の一環なのだそうだ。『守衛やってるようなボンクラ共は犬狼族の顔の区別がつかないからな。あえて分かりやすい目印を付けてやるのよ。必要に応じてそれを消せば、もう俺が誰だかわからねえ。他にもびっこ引いてみせたり、緊張するとどもる癖がある、と思わせてる同業者もいたな』

 かかっているのは自身の命だ。それくらいの手間はむしろ当然なのだろう。

 ガウ・ルーが木箱に片足を置き話し始めた。

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