女子高生異世界闇派遣 ~ アンダーグラウンド・ハローワークで5億稼ぐまで帰れません~

春風トンブクトゥ

第1話 密輸女子高生①

 どれほど追い詰められても、私が神に祈ることは決してない。もちろん、悪魔にも。

「よし、次!」

 男の鋭い声が古めかしい城門に響き、列が一つ進んだ。

 朝の活気のある時間帯。街の守衛でもある検査官たちが、入域を希望する者たちの荷車を調べている。辺りには様々なにおいが漂っている。荷台から漂う果物や野菜、肉、スパイスの刺激的なにおい。門の脇からはかすかに淀んだ水のにおい。荷台を牽引する馬の糞尿のにおい。そして様々な種族の人間たちのにおい。

 私の番まであと五、いや今四になった。

 私は石畳を踏みしめる自分の足を見下ろした。

 履きなれた制服のスカートではなく、あちこちがほつれ、色のくすんだ赤と白のロングスカートを履いている。上から見ると、スカートは明らかに放射状に膨らんでいる。

 ああ、どうかバレませんように。

 野暮ったい農婦風の服の下で、スカートから伸びる紐が肩に食い込む。立っているだけで貧血を起こしそうになるくらい体が辛い。スカートの重さが、二十キロを超えているのだ。

 スカートの裏には、素焼きの小さな壺がいくつも縫い付けられいる、その中には水とともに、街への持ち込みが禁止されている小さな魚が入れられていた。

「次!」

 列が進む。不自然に見えない程度に小股で歩きながら思う。どうか、どうかバレませんように。

 背中を汗がつたった。全身にかかる重さと極度の緊張で頭がおかしくなりそうだ。先程から口の中のつばを飲み込もうとしているが、上手く飲めない。緊張してはいけない、平静なふりをしなくてはと思うほどにパニックの予兆がヒタヒタと迫ってくる。

 不意に、後ろから誰かが私の左手を握ってきた。冷たい手。

 私が振り返ると、同じように農婦の格好をしたユキの顔が目に入った。違うのは、私が黒のボブカットであるのに対して、彼女は茶色がかった美しいロングヘアーであることくらいだ。彼女は何も言わずに微笑んだ。

 ユキにはいつも勇気づけられる。でも分かってる。彼女だって怖いのだ。その証拠に、ユキの冷たい手は小さく震えていた。

「大丈夫」

 その手を握り返して私は言う。

「絶対上手くいくって」

 私たちは密輸商人の一味だ。

 今は何とかって神様のシンボルマークと似た模様があるために、獲ったり飼ったりが禁止されている魚を密輸しようとしている。その生き血が特殊な水薬ポーションの原料になるため、需要が高いそうだ。もしもバレてしまったら……。私たちに歩き方や検査官への受け答えについて細かい指示を出した男は、『もしも』の話をした。

「運が良くて犯罪奴隷。だめなら死刑。街と積荷の相性が最悪だと、生きたまま八つ裂きだな」

 この魚はどうだろう。絡んでいるのが宗教だ。だめそうな気がする。

 門の先に見える街の中にはレンガ造りの尖塔が建ち、屋台がいくつも並ぶ活気のある場所だ。忙しそうにそこを行き交う人達の誰一人として、門の前で荷物を調べられている私たちに注意を払ったりしない。

 ユキのさらに後ろから男が手を伸ばし、私の背中を小突いた。

「……おい、進め。グズグズするな」

 慌てて足を進めた。いつの間にか私たちの番が来ていたようだ。

 私は振り向かないが、男の手が細かい茶色の毛で覆われていることを知っている。その顔が犬そっくりなことも。リーダー、ガウ・ルーは犬狼族の獣人だった。ここは私とユキが生まれ育った現代ではないし日本でもない。中世ヨーロッパ風の文明に異種族がごく普通に存在するファンタジー世界だ。

「いやー、すみませんね。どんくさいやつらばっかりで」

 ガウ・ルーが部下に荷車を引かせながら言った。

 検査官たちが荷車を調べる。中身は目くらまし用の酒の他、毛皮など雑貨類だ。いくら調べられても構わない。身分の高そうな只人(ヒューム)の検査官が書類に目を通した。 

「積み荷の値段の割に、お前たちの一行は人数が多いな」

 とっさにガウ・ルーの顔を見ようとするのを、意志の力で何とか抑えた。私とユキが加わったことで、ガウ・ルーの一行は現在七人。ちょっとしたキャラバンが組める人数だ。実のところ、私たち二人だけでなく、他にも只人(ヒューム)とドワーフが一人ずつ、服の中に多額の税金を取られる金(きん)と魔法の触媒を隠している。また、ガウ・ルー自身もよれたコートの秘密ポケットに禁制指定の魔道具をいくつもしまい込んでいた。

 それら密輸品の仕入れのために馬車を売った、と事前に聞かされていた。上手くやれば一の仕入れで十の儲けを出せる仕事なのだ。後で買い直すのも容易いのだろう。

「ええ、そうなんですよ」

 ガウ・ルーが、よくあることだという口調で私の肩に肘を乗せた。

「実はコイツラとは前の街で出会ったところでしてね、次の街で仕入れをしてがっつり稼ごうぜって意気投合したんです。なあ?」

「うん、そうなんです。……この人ったら一晩でエールを樽ごと開けるくらい飲んじゃって。酔っ払った勢いで隣で飲んでいた私たちに声をかけてきたんです」

 私は自分の顔がひきつっていないことを願いながら笑みらしきものを浮かべた。ああ、時間が早く経ってくれればいのに。

「そうとも、俺は酒を飲む。ところで、どうですかな。みなさんも、お仕事のあとには喉を潤す必要があるのでは?」

 私たちのリーダーは財布から幾枚かの銀貨を取り出し、握手と同時に検査官に握らせた。よくあることなのか、只人はそのまま自身の懐に銀貨をしまった。羽ペンで書類にサインをする。

「まあいいだろう。入ってよし」

 ほっと胸をなでおろし、私たちは歩き始めた。そしてトラブルは起きた。

 スカートに仕込んだ水壺のあまりの重さにユキが転びかけたのだ。間一髪、彼女は荷車のヘリを掴んで体を支えた。ふう、と私が息を吐いたのもつかの間。

 パチャン。

 確かに音が聞こえた。彼女が大きく動いたことで、壺の中の魚が暴れ始めたのだ。

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