第19話 その鞄、素敵よのう!

 アルカナ、人生初のお洒落ショッピング。

 心は弾んでいたし、足取りも弾んでいた。

 今まで買い物といえばダンジョン探索用にポーションや薬草や魔法アイテムなど必要なものを買いに行くくらいだったし、服を買うのも冒険者御用達の機能性に優れたものを扱う店ばかりだった。

 それがどうだろう。今日は機能ではなくデザインを重視した服を買いに来たのだ。

 これでうきうきしない女子などいない。

 というわけでアルカナは王都の表通りをスキップする勢いで歩きながら、どの店に入ろうか物色をしていた。

 しかしここでアルカナは早速問題にぶつかる。


「可愛いお店、入りづらい……」


 今まで無縁だった場所に入るというのは結構勇気のいる行動だ。

 ショーウィンドウに飾られている、可愛らしいけれどドレスよりはカジュアルで機能的な服を見つけるたびに中に入ろうとするのだが、客と店員の視線が気になりなかなか中に入れない。

 視線が痛い気がする。「冒険者崩れの人なんてお呼びじゃないのよ」と言われている気がする。

 全てはアルカナの被害妄想なのだが、ネガティブが止まらない。


「うぅ……頑張るのよ、アルカナ。一歩踏み出すの!」


 アルカナは店の前をうろうろし、自分を鼓舞する。

 しかし足は一向に進まず店の前で足踏みし続けていた。

 奇行を繰り返すアルカナの背後から、声がかけられる。


「のう、お前さん」

「へっ、ごめんなさいっ!」

「なぜ謝るんじゃ」

「店の前で……邪魔になってるかと」

「違う、そうではない」


 アルカナが勢いよく謝りながら店の前からどくと、そこにいたのは非常に美しい少女だった。歳の頃はアルカナより少し下だろうその少女は、見事な金髪を後ろにまとめ、花飾りを留めている。着ているのは凝った装飾の施された花柄のワンピースで、裾と袖についている繊細なレース飾りに品位を感じる。

 突然話しかけてきた美しい少女にアルカナの目が釘付けになっていると、少女はアルカナの右手をじっと見つめつつ、さらに話しかけてきた。


「その鞄、どこで売っているんじゃ」

「え、これですか」

「そう、それじゃ」

「これは売り物じゃなくてですね……」

注文品オーダーメイドか。一体どこのデザイナーに頼んだ? そのような装飾性に富んだ鞄、今までに見たことがない」


 センスの塊のような少女に鞄を褒められアルカナは嬉しくなった。

 自分でデザインし、モーガンが作った鞄が人の目に留まろうとは。しかもこんな、みるからに貴族階級の人に。

 嬉しくなったアルカナは、鞄を目の前に掲げながら言う。


「実はデザインしたのは……私なんです」


 すると少女は、長いまつ毛に縁取られたひとみをくわっと開いて驚き、さくらんぼのような唇を開く。


「な、に……お主が……!?」

「はい。表通りから離れたランドレー住宅街の近くに魔法の鞄屋という店があるんですけど、私、そこで働いてまして。その鞄屋の職人モーガンさんが作ってくれたんです」

「……よし、気に入った。その鞄、妾のためにも一つ、作ってくれんかのう」


 いきなり道でばったり出会った少女にそんな頼み事をされ、どうしようかとアルカナは思った。

 今、モーガンさんは一心不乱に兎耳付きの鞄を作っている最中であり、余計な仕事は頼めないのだが目の前にいるのはどう見ても上流階級のお嬢様。断ればどんな目に合うかわからない。


「今、店が忙しいので作るのに数日いただくかもしれませんけど……」

「構わぬ」

「でしたら……大丈夫です」


 多分。心の中でアルカナは補足する。

 少女は満足そうに頷くと、アルカナに笑いかけた。


「して、お主はこの店の前で何をしておったのだ」

「あの、お店に入りたいなぁと」

「入れば良いではないか……あぁ」


 少女はアルカナを見ると、ふふんと鼻で笑った。


「さては気後れしておるな?」

「…………はい」


 今更隠したって仕方ない。アルカナが素直に認めると、少女がアルカナの手を取った。


「ならば鞄のわがままを聞いてくれた礼じゃ。妾がそなたの買い物に付き合うとしよう」

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