第18話 君に僕からのプレゼント
工房に篭ったモーガンはいまいち鞄作りに集中できずにいた。
ショーウィンドウを羨ましげに見つめるアルカナの顔が忘れられない。
なんでだろうか、いつもはこんな事などなかったのに。一度工房に篭って素材と向き合えば、雑念なんて全て吹っ飛んでしまうのに。
(アルカナ、本当はもっと可愛い格好したいんじゃないか)
思えばアルカナはいつも同じような服を着ている。シンプルなシャツとズボン、タイツ、ブーツ。色は全部茶色かグレーか黒だ。
冒険者を長年やっていた彼女は、衣服をデザインではなく機能で選んでいたのだろう。出身が孤児院と言っていたから、幼少期もお洒落な服など着ていなかったに違いない。
けど、あのショーウィンドウを見て、彼女は違う世界に出会った。心を奪われた。
色とりどりの布地、たっぷりとしたフリル、可愛らしいリボン。
それらはアルカナに今まで無縁のものたちで、だからこそ衝撃的だったはずだ。
この世にはこういう服を着ている人種がいるのかと。
(……アルカナももっと自分の着たい服を着ればいいのに、何を我慢しているんだろ)
金ならば唸るほどある。どんな服だろうが買い放題なのに。
自信がないんだろうなぁ、とモーガンは思った。
今まで着たことのない服を着る勇気がない。
(何か僕に力になれることがあるといいんだけど)
アルカナに出会ったおかげでモーガンの生活は一変した。
裏路地の淋しい店で、売れない鞄と共に来ない客をいつまでも待つ。
ずっと繰り返してきた怠惰で無価値な生活が、アルカナが来てくれてから劇的に変わった。
今や高位の冒険者たちの間になくてはならない鞄を売る、唯一無二の店へ変貌したのだ。
アルカナには感謝してもし足りない。この恩を返せるならばなんでもするのだが。
「うーん、ダメだ。集中できない」
いくら素材と向き合おうと、頭に浮かぶのはアルカナのことばかり。
こうなればアルカナ本人の話を聞いてみようと立ち上がり、工房から店に出たのだが、あいにく彼女の姿はなかった。
昼食でも作りに行ったのだろう。肩を落としたモーガンの前、カウンターに一枚の紙が伏せて置いてあるのを見つける。
「なんだこれ」
なんとなく紙をひっくり返し、飛び込んできたものにモーガンは目を奪われた。
「…………!」
これだ、と直感した。
アルカナの背中を押すのに必要なものは、これ以外にない。
モーガンは工房から二階に上がると、キッチンにいたアルカナに向かって声を掛ける。
「アルカナ、僕ちょっと買い忘れたものがあるから出かけてくるよ」
「え、一緒に行く?」
「荷物少ないから、大丈夫!」
そして階段を一段飛ばしで駆け降りると、目当ての場所に向かって一目散に走っていく。
はやる気持ちを体現するかのように最高速度で走ったモーガンは、アルカナが見つめ続けていた店の前で足を止めると、躊躇わず中へと入っていった。
+++
出かけてしまったモーガンはしばらくすると帰ってきて。ものすごい勢いで昼食を食べたかと思うと工房に再び篭った。
まあ彼が工房に篭るのはいつものことなので特に気にせずにいたのだが、問題は翌朝に出てきたという点だ。
驚いた。
いつもならば一度入ったら呼ぶまで出てこないのが普通だったし、おまけに変な笑顔を浮かべながら後ろ手に何かを隠し持っている様子だったから。
「アルカナ、君にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
急に妙なことを言い出したモーガンを不審に思いつつ言葉を繰り返すと、モーガンは「じゃん!」と言いながら両手を前に差し出してくる。
その手に持っているものを見て、アルカナは息が止まりそうになった。
「その鞄……!」
「うん。アルカナのデザインだろう? 作ってみたんだ」
それは、アルカナが昨日紙に書いた鞄と寸分違わないものだった。
ごくごく薄い茶色のつややかな光沢をたたえた生地の鞄は、ころんと可愛らしい丸型。側面には同色のフリルがついていてファスナーは金色。持ち手は真珠をつなげて作っており、何より目立つのは真ん中に縫いとめられた真っ赤な赤いリボン。
よく見ると小さく灰色の兎の耳と尻尾までもが刺繍されている。
モーガンは笑顔で鞄を差し出してくる。
「君のために作ったんだよ」
「でも私、こんな可愛い鞄を持っていく場所なんてないし……」
受け取れない。そう言葉を続けようとしたけれど、モーガンは先に口を開いた。
「いいんだよ。これ持って買い物に行けばいい。鞄に似合う可愛い服を買って、街を歩けばいいじゃないか。アルカナは可愛い服だって似合うと思うよ」
「…………私、そもそも鞄必要ないし……」
「お洒落だよ。意味なんてなくたっていい。ただ持って歩いてテンションが上がるなら、それに越したことはないだろう」
モーガンと鞄を交互に見比べたアルカナは、迷いに迷ってとうとうその鞄に手を伸ばした。
そっと触れてみると、柔らかな触り心地。それでいて表面はすべすべしている。
角度を変えると光によって微妙に色を変える鞄が不思議で素敵で、いつまでも見ていたくなるものだった。
「あの……本当にもらっていいの?」
「勿論だよ。アルカナのために作ったんだ。いつも頑張ってくれている君に、僕からのプレゼント」
「…………ありがとう」
アルカナは今までで一番、心の底からの笑顔を浮かべている自信があった。モーガンの笑顔もまた、とても優しいものだった。
「よし、そうと決まれば! 今日は買い物に行っておいで。自分のものを買うんだよ。鞄に似合う、可愛い服を! 僕は今日からまた鬼のように鞄を作るから、さあさあさあ!」
「え、ちょっ」
「行ってらっしゃい! 夕飯までには戻るんだよ!」
モーガンに背を押され、アルカナは強制的に店から押し出された。
鞄を見て、閉じた店の扉を見て。
それから勢いよく方向転換して、王都の表通りへと向かった。
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