第15話 新装開店、魔法の鞄屋さん

 買い込んだ材料を使って、モーガンが大量の鞄を作り上げていった。

 その速度たるや、早過ぎて手元の動きが目で追えないほどであった。

 特製ミシンを使って作り上げていく鞄たちはどれもこれも均一な出来上がりで、まるで同じものをコピーしたかのようだ。型紙を使って寸分違わず切り取られた皮、精緻な縫い目、丁寧な裏打ち。

 鞄作りにおいて手伝えることは、何もない。せいぜいが邪魔にならないよう控えていたり、その他の家事を引き受けるくらいである。

 暇になったウェイクは鞄が出来上がる日にちを尋ねると、「それまでダンジョンに潜ってくる」と言って去って行ってしまった。忙しないが、冒険者なので本業に力を入れたいのだろう。そもそもSランクなどという伝説級の冒険者が店を手伝ってくれるだけありがたい。マスターに感謝だ。

 ほぼ不眠不休で鞄を作り続けるモーガンはある時、変な鞄を作っていた時の癖が出たのか、一つの鞄を手にアルカナのところまでやってきた。


「見てくれアルカナ。この鞄、耳と尻尾をつけてみたんだけどどうだろう」


 言われて見ると、黒い鞄の持ち手の後ろからはアルカナを彷彿とさせる灰色の耳が二本伸びており、ひっくり返すと後ろには灰色のふわふわの球体がついていた。


「どう、って言われても…………こんなの買う人いないでしょう」


 相手は屈強な冒険者だ。こんな可愛らしい耳と尻尾がついた鞄を買うとは思えない。


「そうかな。マスターの話だと随分君は人気だったらしいし、アルカナっぽさを鞄に付随したらウケるかと思ったんだ」

「いらないでしょう、そんな余計な機能」


 顔を顰めて却下するアルカナに、モーガンは「そうかなぁ」と首を捻って言っていた。

 そんなことがありつつも、鞄作りは順調に終わり、ダンジョンから帰ってきたウェイクが山積みにされた鞄に〈付与魔法〉をかけ、アルカナが〈空間魔法〉を重ねがけする。


「アルカナ、万が一鞄が破れても中身を取り出せるとこは秘密にしておいた方がいい」

「? なんで?」 


 ウェイクに言われてアルカナは首を傾げた。


「お前の亜空間に全てのものが収納されているとしたら、厄介だ。犯罪まがいのものが収納されている可能性だってある。買った客には『鞄を壊したら二度と中のものは取り出せない』くらいの危機感を抱かせた方が何かと都合がいい」

「そう……わかった」


 ウェイクの助言に従い、アルカナは自身の亜空間と全ての鞄に付与された個別の亜空間が実は繋がっているという事実は伏せることにした。


 

 鞄の準備ができたところで、いよいよ鞄屋の開店である。開店準備をしている時、モーガンがこんな事を言い出した。


「もう僕一人の店じゃないから、店名を改めようと思うんだけど、商品名にちなんで『魔法の鞄屋』はどうだろう」

「いいんじゃないかしら」


 ウェイクをちらりと見ると、彼も頷いている。


「よし、じゃあ今日からこの店は、『いっぱい入ってとっても軽い! 魔法の鞄屋』だ!」



 魔法の鞄屋、開店初日。

 現れたのは、大柄の虎の獣人であった。

 見覚えのありすぎる顔に、アルカナの営業用の笑顔が早くも剥がれ落ちる。


「よう、アルカナ! マスターに言われて来てみりゃあ、本当に冒険者やめて鞄屋なんて始めたんだな」

「げ……ローグ」


 アルカナが冒険者を辞める直前のダンジョンでアルカナをおんぶしていた冒険者、ローグだ。あの時に背中で振り回された記憶が蘇り、思わず耳の根本を手で抑える。振り回されると遠心力で耳がたわんで根元が痛む。

 ローグは陳列されている鞄を一つ掴むと、ジロジロ見つめ、留め金を外して中を確かめた。


「これがお前の代わりになる鞄か?」

「そうよ。Sランク冒険者ウェイクさんが私の空間魔法を付与してくれた、特製の『魔法の鞄』。収納力無限、中に入れたものの状態保持。無生物は入れられない。鞄が壊れるまで半永久的に使用可能よ。お値段、金貨五百枚」

「よし、買おう」

「えぇ!? 買うの!? 超高額商品だけど!!」


 躊躇いなくお買い上げしようとするローグに、アルカナは思わず叫んだ。

 するとローグは眉根を寄せ、不思議なものを見るような目つきでアルカナを見る。


「何驚いてんだよ。買うに決まってんだろう。この性能で金貨五百枚なら安いもんだぜ。まぁ、本当ならお前を背負ってダンジョンに行きたいところなんだが……」

「ヒィッ、やめてよ!」


 アルカナはローグに猛獣のような目つきで見つめられ、思わず両手を上げて後ろに後ずさった。


「…………まぁ、マスターにも止められたしな。この鞄で我慢しよう。…………ん?」


 鞄を買おうとカウンターに持ってきたローグは、ある一つの商品を目にして動きを止めた。

 ずかずかとその商品に近づくと、そっと両手で持ち上げる。嫌な予感がした。


「おい、この耳と尻尾がついた鞄も売り物か?」

「そうだけど……」


 それは鞄を作りまくってハイになったモーガンが悪ノリで作った鞄である。

 アルカナを彷彿とさせる灰色の耳とふわふわの球体がついた鞄を手にしたローグは、迷わずに言う。


「こっちの鞄を買うぞ」

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