第16話 うさぎ耳の鞄
最近、高位の冒険者の間で妙な鞄が流行していた。
黒いケルピーの皮で作られた鞄はシンプルなデザインだが、灰色の兎耳と同色のふわふわした球体がついている。
大柄でむさ苦しい男たちは、その兎の耳と尻尾がついた鞄を背負い、あるいは腰に巻き、心底大事そうにしている。鞄に傷がつこうものなら激昂して傷をつけた相手を殲滅させるし、ダンジョンに潜って鞄に汚れがついたら丁寧に拭いてピカピカにする。
少々不気味な光景に中位以下の冒険者は怯えたが、高位冒険者の間では暗黙の了解が出来上がっていた。
――この鞄はアルカナの代わり。アルカナだと思って大事に扱おう。
もとより鞄そのものの性能はかなりぶっ飛んでいたし、大切にするのは当然なのだが、耳と尻尾がついているとより愛着が湧いた。
そっと鞄を握りしめる男たちの姿はなんとも言い表し難く、ギルド内のその他大勢の人々は生ぬるい目で遠巻きに見つめていた。
「鞄が、すごく売れる……金貨ざくざく」
「僕の作った鞄が、売れている……すごい、すごいぞ」
山のように入ってくる金貨たちを前に、アルカナは途方に暮れていた。
人間、あまりに急に大金が手に入るとどうしていいかわからないくなるらしい。
鞄は恐ろしい勢いで売れ、あっという間に売り切れになってしまった。鞄の作り手はモーガン一人だし、一日に何十個も作れる代物ではないので、店は一時閉店となった。
その間に売上を山分けしようと亜空間に入れてあった金貨を取り出し、店の中でせっせと仕分けする。
材料費を差し引いても凄まじい額が三人の懐に転がり込んでくる。
ウェイクは自分用に購入した魔法の鞄(耳付きではない)に金貨を鷲掴みにして放り込んでいた。その顔からはどんな感情も読み取れない。
ふと気になったアルカナは、ウェイクに尋ねてみる。
「ウェイクさんは、稼いだお金を何に使っているんですか?」
するとウェイクは無心で金貨を鞄に入れていた手をぴたりと止め、金の瞳でアルカナを見つめた。若干怖い。聞いてはいけなかったかな、と思ったが、ウェイクは口を開いた。
「ルードス孤児院、って知っているか」
「はい」
知っているも何も、アルカナが十歳まで暮らしていた孤児院の名前だ。
「俺はその孤児院の出身で、稼いだ金はルードスと王都に点在している他の孤児院に寄付しているんだ」
「え……」
「孤児院にいる子どもたちは、普通の家庭の子どもより生活面も勉強面も劣っている。彼らが少しでもまともな生活を送れるよ、寄付しているんだ」
予想外の話にアルカナは虚をつかれた。
(……そっか)
孤児院時代を思い出す。
院長や先生たちはいつも「お金を恵んでくださる人のおかげであなたたちは生活できている」と言っていた。
アルカナたちの生活の裏には、ウェイクのように孤児院を支えてくれる人がいた。
(だから私をギルドに売り飛ばしたのかも)
院長は別に私に「稼いだ金を孤児院に入れろ」などとは一言も言わなかったけれど。
「じゃあ私も……このお金、寄付します」
アルカナは床に山積みになっている自分の分の金貨を見つめながら言った。ウェイクは意外そうにアルカナに視線を送る。
「別に俺の真似をしなくてもいいんだぞ。お前が稼いだ金なんだから好きに使えばいい」
「こんなに大量にあったって、使い道なんてないですよ。それに、私もルードス孤児院の出身だから、今あの場所にいる子たちに少しでもいい思いをしてもらうためにも、寄付します」
「じゃあ僕も。いつか立派な鞄職人を目指す子供が出てくるかもしれないし」
「モーガンまでか。お前たち、何なんだ本当に。お人好しにも程があるぞ」
ウェイクが驚いているが、もう決めたので何と言われても取り消さない。
翌日三人は、各孤児院に大量の金貨とモーガンの作った鞄を持って行って寄付をした。
鞄はごく普通の牛皮製で、〈付与魔法〉はついていない。灰色の兎の耳と尻尾のついたその一風変わった鞄は子供達に人気になり、取り合いになる騒ぎとなった。
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