第14話 金貨五百枚の価値

 ウェイクの提示した金額に、アルカナとモーガンの思考は一瞬飛んだ。


「五百枚!?」

「それはちょっと盛りすぎでは……鞄に使っているの、その辺で買えるただの牛皮ですし」

「鞄の耐久性を勘案しても補ってあまりある性能が付与されているんだぞ。五百枚だって安いくらいだ」


 ウェイクは金額に関して絶対の自信があるらしく、断言された。

 しかし、金貨五百枚とは並大抵の人間では手が届かないだろう。金貨一枚あれば普通、一人で一ヶ月暮らしていけるのに、五百枚とは。三人で売上を山分けしたとしても、一つ売れたらしばらく遊んで暮らせてしまう。


「あんまり安い値段で売ったら、あっという間に注文が殺到するぞ。作っても作ってもものは足りなくなるし、俺とアルカナは魔法付与で忙殺される。そんな未来はゴメンだと思わないか」


 確かに今まで売っていた鞄とは性能が段違いだ。整備の必要がほぼないから、一度買ったら壊れでもしない限り使い続けられる。ウェイクに言われるほどに鞄の性能が規格外であることが実感できた。


「でもちょっと……五百枚は高すぎるんじゃないかなぁと……」


 そもそもアルカナは、魔法の鞄を売って売って売りまくって、亜空間を気軽に皆が持てるようになることで自分の存在価値を低めようと思っていたのだ。金貨五百枚で売ってしまうと、逆に価値が高まってしまう気がする。

 ウェイクは全くもって理解できないという表情でアルカナとモーガンを見比べていた。


「お前たちはなぜ、高く売ることに抵抗を感じているんだ? 金が手に入るならいいだろう」

「いや、そこまでお金いらないっていうか……」

「僕は自分の作った鞄を使ってもらえるなら、それだけで嬉しいし」

「びっくりする程欲がないな」


 ウェイクが心底呆れたという表情でこちらを見てくる。そんな目で見られると、まるで自分たちが世間知らずのようで居た堪れない。


「断言するが、金貨五百枚積んでも欲しがる連中は山のようにいる。これ以下の金額で売るなら、俺は協力しないからな」

「えぇ……」

「それは困るなぁ」



 ウェイクは頑として金額を譲らなかった。

 彼が力を貸してくれなければ話にならない。三人で話し合った結果、妥協案が浮上した。

 それは、鞄の素材を上げることだ。

 そんなわけで三人は、皮の加工をしている店へと出かけることにした。


「流石にこんな牛の皮の鞄に金貨五百枚の付加価値を与えるのは忍びないから……」

「確かにこの鞄だと、耐久性がちょっと心配だったからいいんじゃないかしら。ダンジョン探索は過酷だし。ね、ウェイクさん」

「ああ。一理ある。壊れて弁償を要求されても面倒だしな」


 そしてやって来た店はモーガン御用達らしく、彼は慣れた様子で店の中を物色する。

 独特の匂いのする店内には、なめされた皮が筒状にぐるぐるに巻かれて陳列されていた。

 モーガンは黄土色の皮を手に取ると、瞳を輝かせて言った。


「これはどうだろう。地竜の皮。僕、一度竜の皮で鞄を作ってみたかったんだ。これならちょっとやそっとのことで破れないし、ピッタリだと思わないかい。糸には竜の髭を使えば、縫合部がほつれる心配もない」

「値段を見てみろ。そんなもので作ったら、鞄の値段が三倍に跳ね上がるぞ」

「うっ」


 ウェイクの冷静な指摘により皮の値段を確認したモーガンはガックリと肩を落としてそっと地竜の皮から手を離した。


「ダメかぁ……」

「もう少しランクを落としたものにするべきだ」

「モーガンさん、これはどうかな」


 アルカナは表面がふわふわとした白い毛皮に覆われた皮を手に取りモーガンに話しかける。


巨大白鼠ジャイアント・マウスの毛皮だって! 手触りがいいよー」

「…………それは耐久があまりないだろう。おまけに濡れると水を吸うぞ」


 呆れた目でウェイクに言われ、アルカナは毛皮を静かに元の場所へと戻した。

 結局、黒々としたケルピーの皮で鞄を作ることに決めた。

 ケルピーは水辺に住む大型の馬の姿をした魔物で、その皮は丈夫で撥水性に優れている。おまけに多少の魔法であれば弾き返す効果もあるため、鞄に使うには充分だろう。

 ついでに鞄を縫い合わせる糸も新調した。アラクネという蜘蛛の魔物が吐き出す糸にした。これも頑丈、魔法耐性ありという優れものだ。


「ありがとうございましたー。また、ご贔屓に!」


 持ち運ぶには大荷物である大量の糸と皮は、全てアルカナの亜空間に収納してお持ち帰りだ。

 手ぶらの三人が店を出て早速鞄を作るため、店へと戻ろうとしたその時、ふとアルカナは通りに並んでいる一つの店が目に入った。


「わぁ……」

 

 ――その店は、目にも美しい生地を扱う店だった。

 ショーウィンドウに飾られているのは、艶々と美しい光沢をたたえた色とりどりの生地たち。陽の光を浴びた生地は角度によって微妙に色を変え、見るものを惹きつける魅力を持っていた。

 ウィンドウにはその生地で作ったドレスが飾られており、等身大の人形がフリルやリボンがふんだんに使われているドレスを着て立っている。

 可愛い、素敵。

 そんな感想がこぼれ落ちた。


「どうしたんだい、アルカナ?」

「早く行くぞ」

「あ、ごめん」


 モーガンとウェイクに話しかけられて我に返ったアルカナは、慌てて視線をウィンドウから引き剥がすと二人の後を追った。

 アルカナにドレスは無縁だ。

 冒険者として過ごして来た彼女は、地味な色の動きやすい服しか着たことがなかったし、これから先もあんなフリルたっぷりの可愛らしいドレスを着て行く場所なんてどこにもない。

 ちょっと憧れたに過ぎないのだ。

 ドレスを着て過ごすお嬢様はアルカナの住む世界とは別世界の住人で、アルカナが立ち入る隙なんてまるでない。

 そう自分に言い聞かせながら、アルカナはモーガンたちの後について道を歩く。

 後ろ髪を引かれるように、何度も何度も振り返って店を見ながら。


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