第13話 付与魔法士がやってきた

 マスターが言っていた通り、昼過ぎに店に一人の男が現れた。

 黒い癖のある髪に、金色の瞳。頭頂部から黒い猫の耳が生えている。モーガンとあまり変わらない二十代半ばの青年に思えるその男をアルカナは知らない。


「えーっと、マスターが言っていた付与魔法士さんでしょうか」

「…………」


 青年は無言で首を縦に振る。


「とりあえず、座ります?」


 アルカナが促すと、青年は椅子に腰を下ろした。アルカナとモーガンもテーブルを挟んだ向かいに座る。

 なんというか、友好的な雰囲気が感じられないような人物だ。

 さながら野生の猫のようである。耳が生えているので彼もアルカナと同じくハーフ獣人なのだろうけど、もしや猫の特性を兼ね備えているせいで、警戒心が強いのかもしれない。群れたがらないタイプなのかも。だからアルカナが見たことないのかな、と思った。


「マスターに力を貸してやってくれと言われて来た。俺の名前はウェイク」

「私はアルカナです。一応この間まで冒険者やっていまして、〈無限収納〉のアルカナと呼ばれていました」

「僕は鞄職人のモーガンです」

「…………〈無限収納〉?」


 ウェイクはアルカナの自己紹介に興味を持ったらしく、言葉を反芻した。

 アルカナは頷く。


「はい。荷物持ちばっかりやっていたんですけど、死の危険を感じたので冒険者やめて〈空間魔法〉を付与した鞄を売ることにしたんです」

「なるほど、それで俺の付与魔法が必要になったと」

「そうなんですよ〜、話が早くて助かります」

 

 話が通じるのが早くて助かる。ウェイクは頷くと、モーガンに向かって言う。


「時間が惜しい、早速やってみるとしよう。鞄を持って来てくれ」

 


 モーガンが持って来たのは、最近よく作っていたタイプの鞄だ。

 焦茶色の皮でできた四角い鞄は留め具が二ヶ所ついており、蓋をめくると中に物が入れられる。背負うタイプと腰巻きタイプの二種類が用意されていて、それほど大きくなく邪魔になりにくいものだった。

 ウェイクはこの鞄に付与魔法をかけると、アルカナに手渡してくる。


「〈空間魔法〉、かけてくれるか」

「はい」


 言われてアルカナが〈空間魔法〉を付与してみる。見た目は相変わらずなんの変哲もない鞄であり、性能も中に何か入れてみるまでわからない。


「よし、じゃあ、中にどれだけ物が入るか実験してみましょう!」

「? わざわざ実際に物を入れるのか?」

「だってそうしないと、わからないですし」


 不思議そうな顔をするウェイクにアルカナが反論する。するとウェイクは、自身の荷物袋から一つの魔法具を取り出した。虫眼鏡のような形をしている。それをみたアルカナは、あ、と思った。

 ……わかる方法、あった。


「鑑定魔法の魔法具ですか」

「そう。ソロでダンジョン潜ってる人間にとっての必須アイテム」


 どうやらソロ冒険者らしいウェイクに言われ、アルカナはその手があったかと舌を巻いた。

 存在自体は知っていたが、基本荷物を持つ以外冒険に加わっていなかったアルカナが持っているはずのない代物だ。

 モーガンも興味深そうに魔法具を見つめている。


「こんな高価な魔法具を持っているなんて……ウェイクさん、ランクをお伺いしてもいいかい?」

「俺はSランク」

「「Sランク!?」」


 アルカナとモーガンの二人は仰天して同時に叫んだ。

 Sランクといえば国に十数人しかいない、冒険者の頂点に君臨する人物たちである。

 そんなとんでもない人物をギルドマスターは送り込んできたというのか。


「なんか、すみません……」


 アルカナは申し訳なくなってウェイクに謝った。するとウェイクは不思議そうな顔をしてアルカナを見てから言う。


「なぜ謝る? 俺はマスターに、『ここに来れば楽にしかも極めて短期間に金を稼げる』と言われて来たんだ。それより見てみろ、この鞄の性能がとんでもないことになっているぞ」


 言われてアルカナとモーガンはウェイクの持つ虫眼鏡の中を覗いてみた。そこには細かな文字で鞄の情報が浮かび上がっている。


〈空間魔法〉つきの鞄

・収納力∞

・入れるものは無生物に限る

・魔法効果永続

・保存状態:入れた時のままを維持

・鞄が破損すると効果は途切れる


「凄っ!? めちゃくちゃ性能上がってる!!」


 Sランク冒険者の使う付与魔法は効果が絶大だった。


「ていうかアルカナの持つ亜空間、収納力無限だったんだな」

「そうみたい……私も今初めて知ったわ」


 モーガンに言われたアルカナは冷や汗が止まらなかった。

 いっぱい入るとは思っていたが、まさか無限大だったとは。全然知らなかった。


「前代未聞だな。これはもう……革命だぞ。それで、この鞄いくらで売るつもりなんだ」

「えー、そうねえ、モーガンさんどう思う?」

「そうだなぁ、鞄の原価が銀貨三枚くらいだから……銀貨十五枚くらいでどうかな」

「いいと思うわ」


 ウェイクに尋ねられてアルカナとモーガンが話し合った結果、出て来た金額は銀貨十五枚。

 モーガンの付与魔法より性能が上がっているので妥当なところだろう、と二人は思った。

 しかしウェイクはそんな二人を、信じられないものを見るかのような目つきで見つめている。


「正気かお前たち……!? 商売下手か!?」

「えぇ……妥当だと思うけど」


 モーガンの反論にますますウェイクは信じられない、という表情をした。


「仮にも店を持っている人間が、そんな値段設定をしていいと思ってるのか!? いいか、この鞄は前代未聞の代物だ。貴重な〈空間魔法〉が永続付与魔法によってかけられた鞄。容量は無限大、入れたものは保存状態が保たれている。鞄そのものが破れるまで魔法は解けない。そんな鞄、今までに見たことも聞いたこともない。

――金貨五百枚分の価値はあるぞ」

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