第12話 冒険者ギルドのギルドマスターがやってきた
翌朝アルカナは、店の扉が叩かれている音で目を覚ました。まだ店は始まってもいないのに、一体誰だ。恐る恐る自室の窓を開けて、階下をそぉっと覗き込む。
扉を叩く人物を見たアルカナは、灰色の兎の耳をびゃっ! と無意識に立ち上げてしまった。
「ギ、ギ、ギギギギ……」
「ヨォ、おはようさん」
泡を喰ってぶるぶる震えるアルカナに気がついたその人は、窓から顔を覗かせるアルカナを見上げるとニヤリと笑って挨拶をしてきた。
「……ギルドマスター!!」
「お前に会いに来たんだよ。開けてくんねえか」
アルカナは終わったと思った。
さようなら、私のまだ始まってもいない平穏な生活。
こんにちは、元の血湧き肉躍る殺伐とした冒険生活。
なお、叫び声を聞いたモーガンが扉の外で「大丈夫か、今度はなんだ、アルカナ!?」と大声を出しており、寝巻き姿のアルカナは青ざめた顔でモーガンの腕に飛び込むと今生の別れの言葉を口にし、ますますモーガンを混乱させた。
「朝っぱらから邪魔してすまねえな」
「イエ…………」
「茶まで用意してくれてありがとう」
「オヤスイ御用デ御座イマス」
「なんで片言なんだよ」
一階の店部分。まだ開店していない店のお客第一号が冒険者ギルドのギルドマスターになるなどと、誰が思おうか。
アルカナはギルドマスターにお茶を出すと、全身をカチコチに硬直させて立ち尽くしていた。
さながら死刑宣告を待つ囚人の気分である。お茶を飲み干したマスターは、「じゃ、ギルドに帰るぞ」と言ってアルカナの腕を取り、問答無用で引きずって連れていくに違いない。
今度ばかりは終わりである。
グレインと違ってギルドマスターは油断などしないだろうし、返り討ちにするのは不可能だ。
というか、冒険者ギルドで一番偉い人を返り討ちになどしたら、今後のモーガンの立場や生活が危ない。
ここはもう、大人しくついていくしかないだろう。
アルカナは灰色の兎耳をしょんぼり垂れさせると、俯いてじっと床の木目を見つめた。
モーガンはギルドマスターの向かいに座っているが、とてもではないが彼の方を見られなかった。
「さて……」
ギルドマスターはカップをテーブルに置くと、本題を切り出した。
「アルカナ、オメエ冒険者辞めたそうだな」
「はい」
「なんか気に入らなかったのか。気に入らないことがあるなら、言ってみろ」
「…………」
いつもの威勢の良さはどこへやら、すっかり萎縮したアルカナは黙り込む。
無理もなかった。冒険者にとってギルドマスターというのは逆らえない絶対の存在。
「何が気に入らない、ですって!? 冒険者の一から十まで気に入らないわよ!」と言いたいのは山々だったが、それを口にした瞬間マスターの怒りに触れるに違いない。
そんな俯いてモゴモゴしているアルカナに代わり、モーガンがマスターに話しかけた。
「冒険者ギルドのマスターさん。彼女は平穏な生活を望んでいます。ここで僕と共に彼女の持つ〈空間魔法〉を付与した鞄を作り、売って、自分は冒険には行かずに静かに暮らしたいと思っているんです」
「何? そうなのか?」
「あの…………はい」
アルカナが肯定すると、マスターは鼻からフーッと長い息を吐き出す。
「お前が冒険者やめたがってるなんて、俺は全然気が付かなかったぜ」
そりゃそうだ。
マスターは忙しい人なので、冒険者一人一人の気持ちなど知る由もない。
「てっきり皆に可愛がられて楽しく冒険者やってんのかと思っていた」
「かわい、がられて……?」
「おう。俺んとこにも話は来ているぜ。『お前がパーティに加わるとき、誰がお前をおんぶするかでいつも揉める』ってな」
「それは、私が邪魔だから押し付けあっているんじゃ」
「いやいや、ちげえな。アイツらみんな、お前を背負いたがってる。小動物みたいで可愛いんだとよ」
「…………小動物?」
「体温が高いからくっついてるとあったかいとか、尻尾がふわふわしてるとか、耳がみょんみょんすんのが見てて可愛いとか」
「なんですかそれ!?」
想像だにしていなかった話にアルカナは思わずツッコミを入れた。
あったかい? ふわふわしてる? みょんみょんするのが可愛い?
そんなの、そんなの。
「セクハラだわ……! っていうか、それで必要以上にみんな、方向転換していたのかしら。耳が振り回されるのは、根元からもげそうな感じがして痛いのよ!」
アルカナは耳の根本を無意識に抑えた。
「そんなわけで、お前がいないと寂しがる連中が多い。あ、グレインに関してはもう気にしなくていいからな。一般人に手を出そうとした時点で、あいつぁダメだ。降格処分と謹慎を言い渡してある」
「それはありがとうございます」
「でなぁ。戻る気ないのか」
マスターの言葉に、アルカナは今度こそ自分で自分の思いを口にした。
「マスター、私、冒険者向いてません。もっと平和に暮らしたいんです。私がいなくなる代わりに、〈空間魔法〉を付与した鞄を売るので、それを買って持っていってくださいと冒険者のみんなに伝えてください」
「…………そうか」
マスターはしばし考えた後、そう答えてくれた。
「お前が望むなら仕方ない。強制されてやるもんじゃないしな。嫌がっていたことに気が付かなくて、悪かった」
思っていた以上に優しい言葉にアルカナは驚く。
てっきり強制連行されるものだと思っていただけに、マスターの理解力の高さがありがたかった。
「そんで、売っている鞄ってのはどんなもんなんだ」
「これです」
アルカナは店に陳列してある鞄の一つを手に取った。
「私の亜空間には劣るんですけど……」
アルカナが鞄の性能を説明すると、マスターは苦い顔をした。
「そいつぁあんまり良くないな。この鞄に〈付与魔法〉を付与しているのは誰だ」
「僕です」
言ってモーガンが手をあげる。
「こう言っちゃなんだが、〈付与魔法〉のレベルが低すぎてアルカナの持つ亜空間の良さを全く引き出せていねえぞ」
「知っています。今日これから付与魔法士を探そうと思っていたところです」
「そりゃ、引き留めるような真似をして悪かったな」
マスターは太い指を顎に当てると、唸った。
「……よし。俺がいい付与魔法士を紹介してやるよ。今日の昼にでもこの店に行くよう言っておくから、待ってろ」
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