第10話 優しい言葉

「うっ、ぐっ、ああああぁあぁああ!?」


 グレインの絶叫が狭い店内に響き渡る。燃え盛る炎がグレインの上半身を包み込み、焦がした。完全に格下と見做していたモーガンからの反撃に全く備えていなかったグレインは、体中をかきむしり、のたうちまわる。


「やばい、威力が強すぎた!」


 焦ったモーガンは別の鞄を掴むと、蓋を開けてグレインの頭に中身をぶちまけた。

『水タンク付き鞄』の中身の水である。

 じゅぅうううと音がしてグレインは鎮火されたが、ヒクヒクとして動かない。

 火傷まみれで見るも無惨な姿になったグレインをモーガンとアルカナの二人で覗き込んだ。


「……生きてる、よな」

「多分大丈夫よ。この人、頑丈だから」


 一応脈を見てみたが、問題なさそうだった。


「動き出すと厄介だから縛っておきましょう」


 散らかった店内、火傷まみれで伸びた男。アルカナは亜空間から『罪人の鎖』というどんなに力を込めても千切れない鎖にてグレインをぐるぐる巻きにした。

 次はモーガンの番だ。

 アルカナは先ほどモーガンのそばに置いておいた上級ポーションを手に取り、モーガンに渡す。飲み干したモーガンは体の傷が癒えていった。


「モーガンさん大丈夫?」

「あぁ、ありがとう」

「ううん、私のせいでごめんなさい……」


 アルカナがモーガンの所へ転がり込まなければ、彼が怪我をすることなどなかった。

 しょんぼりするアルカナに、モーガンは優しく笑いかけてくれる。


「いいや、アルカナが連れて行かれなくてよかったよ」

「……なんで、グレインに立ち向かったの?」


 もしかして、便利な魔法を持つ私がいなくなったら困るから?

 言外にそんな思いを滲ませながら問いかけると、モーガンは予想外の返事をよこした。


「だって、アルカナ嫌がっていただろう。仲間が嫌がっていたら守るべきだと思って」

「たった数週間の付き合いなのに?」

「日にちは関係ないよ。それに僕は、アルカナと一緒に鞄を作るのが楽しいんだ。いつも一人で誰とも喋らずにコツコツと売れない鞄を作って、誰も来ない店の中でお客さんを待っていて。そんなやるせない日々に君が現れて、僕の作る鞄に命を吹き込んでくれた。だから僕は、アルカナがいなくなったら嫌だと思った」

「そっかぁ……」


 モーガンの言葉には嘘偽りなど感じられない。


 「〈空間魔法〉が便利だから」「お前の利用価値なんて〈空間魔法〉しかないんだよ」という台詞とは大違いだ。


 モーガンはアルカナを一人の人間として見てくれて、大切な仲間だと思ってくれている。

 アルカナを道具扱いしない。優しい言葉は、アルカナの心の奥底に染み渡っていく。

 アルカナにとって、たまらなくうれしい言葉だった。


「ありがとう……モーガンさん」

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