第9話 アルカナはものじゃない
その日もいつもと同じ一日になるはずだった。
正体がバレないよう、ローブをかぶって声変わりのポーションを飲み老人に扮したアルカナが、店のカウンターで接客をする。
昼を過ぎた頃に、扉が勢いよく開かれた。
「おい、邪魔するぜ」
「いらっしゃ…………!?」
入店してきた人物を見て、アルカナは思わず動揺してしまった。
アルカナが冒険者を辞める決意をしたきっかけとなった男、グレイン。
グレインは大股で店の中へと入ってくると、問答無用でアルカナの着ているローブに手をかけ、勢いよく引き剥がした。
「やめっ……!」
非力なアルカナではグレインを止め切れるはずもなく、ローブは呆気なく取り払われてしまった。
あらわになったアルカナの素顔を見て、グレインはニヤニヤと笑う。
「こんな場所に隠れてやがったのか。おら、行くぜ」
「やだ、離してよ!!」
「何言ってんだ、テメェが行方知れずになったせいで俺たちの計画が狂ってんだよ。さっさとダンジョン行くぞ!!」
「行かないわよ、そんな所! 私はもう冒険者やめたのよ!!」
「どうした、アルカナ!?」
騒ぎを聞きつけたモーガンが工房から飛び出してきた。アルカナの手首を引っ張って店から引き摺り出そうとするグレインを見て、止めようと向かってくる。
「お客様、うちの従業員に何してるんですか!」
「ウルセェな、こいつは冒険者ギルドのもんなんだよ。引っ込んでろ」
グレインの筋骨隆々とした腕が横に払われると、たったそれだけの動作でモーガンが吹っ飛んだ。顔面に拳が当たったせいで鼻血が吹き出し、吹き飛ばされた勢いで背中を壁に強かに打ち付ける。
「うぐっ」
「はっはっは、弱えなあ? そんなんでアルカナを守ろうなんざ笑わせるぜ」
しかしモーガンは手の甲でぐいと鼻血を拭うと、震える足に力を込めて立ち上がる。
「彼女を……離せ……!」
「嫌に決まってんだろ」
グレインは片手でアルカナを捻ったままにモーガンに近づくと、今度は腹を蹴り上げた。
あまりの横暴にたまらずアルカナが叫ぶ。
「やめなさいよ、モーガンさんは関係ないでしょ!」
「お前が大人しくギルドに戻れば済む話だ」
足蹴にされ続けるモーガンは、「アルカナを離せ」とうわ言のように呟き続けている。
どうして。アルカナは思った。
つい数週間前まで顔も知らなかったはずのアルカナを、どうしてそこまで庇おうとするのか。
グレインにかかればモーガンなど一捻りだ。あっという間に頭蓋骨を潰されて死んでしまう。命を張ってダンジョンに潜っている彼らの攻撃力を、アルカナは誰よりも知っていた。
もうこれ以上、モーガンを傷つけないでほしい。
彼と一緒に鞄作りに勤しんだこの数週間は、今まで生きてきた十八年の中で一番楽しかった。
命の危険に怯えることなく、自分の持つ〈空間魔法〉の新しい可能性を知ることができた数週間。狭い路地裏の工房で一喜一憂しながら『魔法の鞄』を開発し続けた、楽しい日々。
それが呆気なく終わってしまったのは、自分の計画が浅はかだったせいだ。
アルカナはグレインの腕をとり、言った。
「…………わかったわよ、戻るからやめなさいよ」
こちらを向いたグレインはわかりやすく悪役顔をしており、口の端をにたりと持ち上げ邪悪な笑みを浮かべた。
「そうこなくっちゃなぁ、アルカナァ?」
アルカナは諦めた。
こうなってしまった以上、ギルドはアルカナの監視を強めるだろう。
貴重な魔法の使い手であるアルカナが二度と逃げ出さないよう、閉じ込め、自由を奪う。
「さっさと行くぞ。これからダンジョンに行かなきゃなんねえんだ」
グレインに引っ張られ、アルカナは店の出口に向かいつつそっと後ろを振り返った。
床に沈むモーガンは血まみれで、ヒクヒクと痙攣している。
「待って。せめてモーガンさんにポーション渡させて」
「あぁ!?」
アルカナは凄むグレインに構わず、亜空間を展開して中からポーションを取り出した。
「モーガンさん、これ、どんな傷でも治すポーションだから、ちゃんと使ってね」
「…………」
「私のせいで、ごめんなさい。……モーガンさんと一緒に鞄作りをしたこの数週間、楽しかったよ、ありがとう」
「…………」
半分気を失っているのか、モーガンからの返事はない。
「おら、行くぞ」
これ以上待つ気のないグレインに一層強く引っ張られ、アルカナはこの数週間で慣れ親しんだ店から連れ出されようとした。
扉が開き、外に足を踏み出そうとした、その時。
「…………待て」
もうほとんど動けないはずのモーガンがグレインを呼び止める。
「アルカナを……返せ」
震える足で立ち、血まみれの腕を動かす。
「あぁん? 殺されてぇのか」
グレインはドスの聞いた声を出すと、アルカナの腕を離してモーガンにとどめを刺すべく再び店の奥へと進む。
「彼女は……ものじゃない!」
モーガンは鋭く叫ぶと、隣に転がっていた鞄を掴んだ。そして筒をグレインへ向け、鞄の中で何か動作をする。
次の瞬間、筒からは炎が噴き出し、油断していたグレインの顔面に直撃した。
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