第8話 想定外

 アルカナがいなくなってはや二十日ほど。

 冒険者ギルドの中は悲壮感に満ち満ちていた。


「アルカナが戻ってこない……」

「もうおしまいだ。俺たちのアルカナがいなくなってしまった」


 高位の冒険者で、アルカナと共に冒険をしていた連中はギルド内のホールのような場所で悲しみに打ち沈んでいた。まさかアルカナが冒険者をやめるなど、皆、露にも思っていなかったからだ。

 音沙汰がまるでない彼女の行方を知るものは誰もいない。

 ギルドの方でアルカナの自宅を確認したが戻った形跡はないとのことだった。アルカナは元々私物を全て亜空間に入れて持ち運んでいたので、家にものは何もない。戻らなくても暮らしていける。稼ぎだってあるし、しばらくの間ならば身を隠して過ごせるだろう。

 〈空間魔法〉を持つ彼女の希少性は凄まじく、他の人間では到底替えが効かない。そして冒険者たちの間には、そうした希少性とは別の感情もあった。

 冒険者たちはその場にいる虎の獣人に厳しい視線をぶつける。


「ローグ。お前、アルカナが逃げ出す直前に一緒にダンジョン潜っただろ。乱暴な真似したんじゃねえだろうな」

「まさか! 仲間に聞いてみろ。俺は丁重にアルカナをおぶってダンジョンを踏破したさ」


 矛先を向けられたローグは巨大な手をブンブン振って全力で否定した。

 じとりとした視線を向けられ続けたが、仲間によって「それはない」「ローグはアルカナを大事にしていたよ」と庇われたことでひとまず誤解は解消した。


 冒険者の一人が丸いテーブルに顎を乗せ、盛大にため息をつく。


「俺、アルカナを背負って冒険するの好きだったのに」

「俺もだよ……アルカナ、小動物みたいで可愛いんだよな」

「走ったり方向転換すると、兎の耳がな、みょんみょんしててずっと見ていたくなる」

「それな!」

「わかるわ」


 皆、アルカナとダンジョンに潜った時に想いを馳せる。

 アルカナは可愛い。やたら威勢よく騒ぐけど小さいし無力。そして唯一無二の〈空間魔法〉の使い手。文句を言いつつ冒険について来てくれるし、きっちりとアイテムをしまったり渡したりしてくれる。こっそり盗んだりしないお行儀の良さも兼ね備えている。

 アルカナは「道具扱い」されていると考えていたが、実は違う。

 皆はアルカナをマスコット扱いしているのだ。

 そんな風に皆でアルカナを偲んでいると、一際不穏なオーラを撒き散らしながら物騒な面持ちで爪を噛んでいる冒険者が、一人。


「くそう、アルカナのやつどこへ行ったんだ」


 Aランク冒険者のグレインはイライラと貧乏ゆすりをしていた。


「せっかく『アルカナ貸出順』が回って来たってのに、あいつがいねえんじゃ話にならねえ」


 グレインは仲間のロレッサと共に海のそばにある洞窟系ダンジョンに挑む予定だった。アルカナをおぶって泳ぎ、魔物どもをバッサバッサとなぎ倒し、海系のアイテムをたんまり手に入れる。アルカナがいれば持ち込む荷物も持ち出すアイテムも無制限。大量のレアアイテムをギルドに持って帰って換金し、金を工面する予定だったのだーーそれなのに。


「肝心のアルカナがいねえんじゃ、どうにもなんねえ!!」


 ドッスンとテーブルに拳を叩きつけると、立てかけてあった剣が揺れて床に落ちそうになる。それを足で器用に受け止めたのは、仲間のロレッサだ。


「やっぱりアンタみたいなむさ苦しい男に背負われるのが嫌だったんじゃないのぉ?」

「んなこと言っても、アルカナはいつもむさ苦しい男たちに背負われてるだろうがよ」

「だから、それに嫌気が差して逃げ出したんじゃない? どうせならアタシみたいな可愛い女の子がいいんだって絶対」


 グレインは差し出された剣を抱えると叫んだ。

「あぁーっ! あいつがいないせいで俺らの計画が台無しだ!! 家にも帰ってねえみたいだし、どこ行ったっつうんだよ!!」


 便。道具が逃げ出していいはずがない。


「……あいつは死ぬまで一生、俺らにこき使われてりゃあいいんだよ……!」


 グレインはぎりりと歯を噛み締め、怨嗟の声を漏らす。

 そこにアルカナを偲んでいた一団が声をかけた。


「おい、そういう考え方やめろよ」

「そうだぜ。そんな風に考えてる奴がいるからアルカナだって嫌気がさして逃げ出したんじゃねえのか」

「そうだそうだ。グレイン。お前のせいでアルカナがいなくなったんだ」

「俺たちのアルカナを返せよ」

「うるっせええ!」


 言いがかりをふっかけられたグレインは苛立ちのままに一喝した。


「まさか王都からこっそり出て行ったか……?」


 八方塞がりで苛立つグレインの耳に、隣のテーブルにやってきた一団の話が飛び込んでくる。彼らは下位冒険者で、アルカナが行方不明になっても何も影響のない連中だ。


「いっや、この鞄まじですげえんだって!」

「本当だな、持ち歩くのに不便な大型魔獣の角やら牙やら爪やらも入り放題。こりゃ近場のダンジョンの素材採取が捗るぜ」

「有効期限付きなのが微妙だけど……まあ、それを考えてもお買い得だよな」

「〈無限収納〉のアルカナさんには敵わないけど、この金額でこの性能、本当便利なもんが売っていてよかったよ」

「おい、お前ら。何が便利だって?」


 グレインは反射的に話しかけていた。ギョッとした顔で隣の冒険者たちがグレインを見、興味津々な顔をしているロレッサを見た。


「俺らにも見せてくれよ」

「あっ、ひゃい!」

「これです、この鞄!」


 滅多に声などかけられない高位冒険者に注目され、この二人はうわずった声で反応する。

 差し出された鞄は、なんの変哲もないごく普通の鞄にしか見えない。


「この鞄がどうしたってんだよ」

「中に手を入れて『弓矢を取り出したい』と思ってください」

「…………んん? うぉ、なんじゃこりゃあ!?」


 鞄に手を突っ込んだグレインが中でつかんだ物を引っ張り出すとーーそれは矢の束だった。


「まだまだ入れてありますよ。大体百本くらい」

「!? こんなちいせえ鞄にそんな入るワケあるか!」


 しかし格下の冒険者たちの言っていることは事実だった。出しても出してもまだ出てくる矢の束たち。グレインは鞄に頭を突っ込んだり、逆さまに振ったりしてみたが、何も出てこない。鞄の中は真っ暗でとても普通のものとは思えなかった。


「なんだこりゃあ……こんな鞄見たことねえぞ。どこで手に入れた」

「ギルドを出て通りを進んですぐの路地裏にありますよ」

「『モーガンの鞄屋』って名前の店で、老人が店番をしているんです」

「ほぉ…………」


 グレインは鞄の中をじっと見つめる。鞄の底が見えず、吸い込まれそうな闇が広がっている。ずっと見ているうちにグレインはとある既視感に襲われた。


(この感じ……なんか知っているぞ)


 なんだろうかと考えるうち、思い出した。

 そうだ、アルカナの使っている〈空間魔法〉で現れる亜空間がこんな感じだった。

 未だかつて見たことのない妙な鞄が、アルカナが姿を消してから急に冒険者の間で広がっている。

 グレインはここに、一つの可能性を見出した。グレインは鞄から顔を離すと、仲間のロレッサに耳打ちをした。


「ロレッサ……アルカナの居場所わかったかもしんねえぜ」

 それから鞄を乱暴に格下冒険者に放り投げて渡すと、ニヤニヤが抑えられない表情で問いただした。


「おい、この鞄が売っている店の場所、詳しく教えてもらおうじゃねえか」

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