第7話 想定通り

「あーはっはっは! うまくいったわね!!」 


 モーガンの鞄屋の店内に戻ったアルカナは、ボサボサに乱れた茶色の髪を撫でつけながら高笑いをしていた。

 そんなアルカナの前で、黒いローブを脱ぎ捨てたモーガンはアルカナの鮮やかな手腕に舌を巻いていた。


「いやぁ、びっくりするくらい上手くいったね。冒険者ってこんなに信じやすいものなのか?」


 モーガンの声は生来のものとはかけ離れたひどいしわがれ声だ。老人に化けるため、アルカナが手渡した特製ポーションによる効果である。

 モーガンの見た目は人当たりの良い青年なので、『魔法の鞄』を売るというミステリアスさを出すためにアルカナが老人に化けるよう提案したのだ。


「まさか、人によるわよ。あの二人はにかかった時点でレベルが知れているって感じだわ」


 そう。アルカナはこの路地裏にある極めてわかりにくい店に人を誘導するため、罠を張っていた。

 まず、店に至るまで中級ポーションを点々と転がしておく。

 拾っていくとこの店の前にたどり着くという寸法だ。

 それだけでは店に入ってくれるはずもないので、店の前にやってきたら、路地裏のさらに細い道に構えていたアルカナが魔導具『風神の団扇』を仰ぎ、扉を開けて中に押し込む。

 そうして店で待ち構えていたモーガン扮する謎の老人が『魔法の鞄』を売りつけるという寸法だった。


「大体、道に落ちてるポーションを疑いもせずに拾って自分のものにしようとする輩なんだから、頭弱いに決まってるでしょ」

「確かに…………」


 アルカナは八年も冒険者の世界で生きて来たので、彼らの生態について詳しかった。

 疑い深い冒険者なら、この鞄の異質さに直ぐに気がつくはずだ。

 勘の鋭い冒険者に『魔法の鞄』の本質がアルカナの持つ〈空間魔法〉と結び付けられたのならば、非常にまずい事態になる。

 だからアルカナは罠に掛かるような頭の弱い冒険者を狙ったのだ。


「よし、きっとあの二人は鞄について自慢するわ。そうしたら同レベルの冒険者がやってくるはずだから、そういう連中に鞄を売って行きましょう」

「もし高レベルの冒険者がやって来たら?」

「あの二人、見たところせいぜいがCランクのしかも下位レベル。高位の冒険者は中堅以下の冒険者の話に耳なんて傾けないわよ」

「そういうものなのか。いやぁ、アルカナは冒険者に詳しいね」

「伊達に冒険者やっていなかったからね」


 アルカナは過去の苦い記憶を思い出し、顔を顰める。

 ちなみにこの作戦で必要となる諸々の道具の全てはアルカナの亜空間に収納されていたものだ。冒険者やめて平凡ライフを送ると決めたアルカナには中級ポーションも声変わりのポーションももう必要ないので、惜しみなく使う事にした。


「ところでこの声、いつ元に戻るんだい」

「心配しなくても数時間で戻るわよ」


 ガサガサ声がいつまで続くのかと不安がるモーガンにアルカナは言った。ホッとしたのか、モーガンはいつもの茶色い厚手のエプロンを締めながら、腕まくりをする。


「じゃ、これからたくさん売れるのを見越して、新しい鞄でも作ろうかな」

「そうね。背負うタイプのものがいいと思うわ」

  

 アルカナの思惑通り、翌日以降ギルドで話を聞きつけた冒険者がモーガンの鞄屋さんにやってくるようになった。全員が中堅以下の冒険者であり、怪しげな老人の説明を熱心に聞くと、魔法の鞄をお買い上げしていく。

 いろいろなタイプの鞄を取り揃えているのだが、売れていくのは背負うタイプか腰に巻き付けるタイプが圧倒的だ。前者の方が容量が大きいのだが、剣を背負う剣士などには腰巻タイプが好まれる。

 順調に売れていく、魔法の鞄たち。

 謎の老人役はモーガンからアルカナに交代した。売れた分だけ新しい鞄を作る必要があるので、モーガンは裏で鞄作成に注力してもらっていた。

 鞄について深く突っ込んで問いただしてくる冒険者もいない。ただただ有り難がって鞄を買い、そして購入済みの冒険者たちは〈付与魔法〉の効果が切れる前に律儀に店へとやって来た。アルカナは鞄を預かって裏へ回ると、モーガンに頼んで〈付与魔法〉を重ねがけしてもらう。

 たまに効果が切れた鞄を持ってやってくる客もいるので、そうした人には何が入っていたのかを尋ねてアルカナがこっそり裏で〈亜空間〉から取り出し、客に手渡していた。

 

 全て順調で、何も問題ないように思えた。

 ーーあの時までは。

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