第6話 特製「魔法の鞄」はいらんかね

 Cランク冒険者の二人組が、ギルドを出て王都の街を歩いている。

 二人は本日の報酬を手にしており、とても機嫌がよかった。


「今日は上々の成果だったな」

「うんうん、この調子で頑張って依頼をこなして、ランクを上げていこう」


 十代後半の男の冒険者。この年齢でCランクというのは優秀な部類である。派手さはないが無理をしなければ冒険者としてそれなりの地位につけるだろう。もちろん彼らは夢見るお年頃なので、「いつか二つ名のつく有名な冒険者になってやる!」と息を巻いているけれども。冒険者になりたくて田舎を出、王都にやって来た人間というのは大体がそういった思考回路を持ち合わせている。


「銀貨十枚か。これなら今日はいいもの食べられそうだ」

「何処行こうか? 俺は肉を腹一杯食いたい」


 今日の夕飯を何にするかと相談している二人。

 王都はなんでも揃っている。美味しいものを食べ放題、美味しい酒も飲み放題。

 行きつけの酒場にしようか、それとも新しい店を開拓するかと考えている二人だったが、ふと路地裏に何かが光るのを見つけ、足を止めた。


「どうした?」

「いや……あそこ、何か光ったなと思って」

「どれどれ」


 一人の声掛けにもう一人が足を止めると、確かに何かが光っていた。路地裏に入って近づいてみると、それは小瓶だった。


〈鑑定〉ジャッジメントーー中級ポーションっぽいな」

「中級ポーションがなんでこんなところに落ちてるんだ?」

「さあ。でも本物っぽいし、儲けもんだな」


 鑑定魔法で調べたので偽物である可能性は低い。きっと酔っ払った冒険者が落っことしたのだろう。中級ポーションは買うと結構な値段がするので、これはありがたく貰っておこうと懐にそっとしまう。


「あ、奥にあるやつもそうかな」


 相方が指差す方角に駆け寄る。


「ラッキー、二本もあるなんて」

「おいおい、まだありそうだぞ」


 見れば、細い路地裏の一本道には点々と小瓶が落ちているではないか。


「こんなに落とすなんて間抜けなやつ」


 ポーションに誘われるかのように二人は路地裏の奥へ奥へとどんどん入っていく。

 薄暗く、人一人通るのが精一杯の狭い路地を躊躇わずに進んだ。たとえ野盗の類が待ち構えていようと問題がない。腐ってもCランク冒険者、何が来たって多少の事態ならば切り抜けられる。それより今はポーションだ。こんなに大量のポーションを拾えるなんて今日は全くついている。


「これで最後か?」


 夢中でポーションを拾っていると、ある一件の店の前でポーションが途切れる。


「あぁ、随分拾えたな」

「よし、じゃあ、これで当面のポーション代も浮いたことだし豪華に肉を食いに行こうぜ!」


 上機嫌な冒険者二人組が路地裏から出ようと踵を返したその時だった。

 急に路地裏に風が吹き抜け、店の扉が内側に勢いよく開く。風の勢いが強すぎて、構えていなかった二人は体勢を大きく崩した。


「うわわっ」

「うわぁっ」


 間抜けな声を上げながら、二人はつんのめって店の中へと転がり込んでしまった。折り重なるように床に転がる二人の先にいたのはーー黒いローブを着込んだ、怪しげな人物だった。フードを目深に被っていてその表情は窺い知れない。男か女かすらわからないその人物は、二人に向かって話しかける。


「鞄をお買い求めかね?」


 しわがれた声は老人のものだろう。二人は間髪入れずに首を横に振る。


「いいや、間違えて入っただけだ」

「邪魔したな」


 慌てて起き上がり、店を出ようとしたところ、再び声をかけられた。


「待ちな。何でも入る魔法の鞄は欲しくないか?」

「……魔法の、鞄?」

「そうさ。これを見な」


 二人の反応を見て、老人はカウンターの下から一つの鞄を取り出した。焦茶色のなめした皮で出来たシンプルな作りのそれは背負うタイプのもので、ごくありふれた普通の鞄にしか見えない。


「この鞄に……ここにある椅子をいれてしんぜよう」

「いやぁ、無理だろ」

「どう考えたって入る大きさじゃない」


 二人は鼻で笑ったが、老人はそんな二人をさらに鼻で笑った。

 そして「どっこいしょ」と言いながら立ち上がると、鞄の蓋を開けて床に置き、背もたれ付きの椅子を持ち上げた。鞄に椅子を近づけると、脚を鞄に入れるような仕草をする。

 絶対無理だろ。この老人、ぼけているのか。

 冒険者二人の胸の内にそんな感想が渦巻いていた。

 茶番に付き合う必要はないので、分かりきった結末など見ずにその場を去ろうとした二人であったが、次の瞬間あり得ない光景に目を奪われた。

 ズルンッ、という効果音が似つかわしい勢いで、老人の持っていた椅子が鞄の中に吸い込まれていく。

 ズブズブと鞄の中に沈み込んだ椅子は、脚から始まり座面を飲み込み、何の苦労もなく背もたれまで入り込んでしまった。


「…………はっ!? ……………えぇっ!?!?」

「よし、入った。持ってみろ」


 老人は椅子が入っているはずの鞄を軽々持ち上げると、二人に鞄を差し出す。

 恐る恐る受け取った二人はーーさらに驚愕した。


「か、軽い…………!」

「まるで何も入っていないみたいだ!!」


 ニヤリ。老人がフードの下で笑った気がした。


「どうなってるんだ!?」

「中を見てごらんよ」


 老人に促されるまま鞄の中を覗き込んでみると、そこに椅子が入っている形跡はない。ただただ黒い空間がポカリと広がっていた。


「なんだこれは……」

「鞄の底が見えない」

「騙されたと思って手を入れて『椅子を取り出したい』と思いな」


 二人のうちの一人が、半信半疑で鞄に手を入れて言われた通りに「椅子を取り出したい」と念じた。手を入れているのは鞄の中のはずなのに、なぜか暗闇に吸い込まれているような気がして空恐ろしい。やめようかと思い手を引っ込める寸前に、手の先に硬いものが触れる。それを握って引っ張り出すと、途端に質量を感じた。


「うぉっ! 椅子だ!!」


 ずるずると引きずり出されたまごうことなき椅子。

 二人は信じられないものを見る目つきで椅子と鞄を交互に凝視した。老人は二人に促す。


「お前たちも鞄の中に椅子を入れてみるとええ」


 早速実行に移す。椅子はすんなり鞄に入った。持ってみる。軽い。大きさも重さも、何も入っていないただの空の鞄の代わりがない。しかし中には確かに椅子が入っている。

「ヤベェ。頭がおかしくなりそうだ」

「どうなってんだこの鞄……」

「ふっふっふっふっふ…………」


 老人が怪しく笑ったかと思うと、勢いよく立ち上がり鞄を手に口上を述べ始めた。


「この不可思議な鞄こそ『モーガンの鞄屋さん』自慢の新作! 見た目以上に物が入り、しかも重さを感じさせない。その名も『魔法の鞄』《マジックバッグ》! 今なら銀貨五枚で売っちゃうよ! さあ、どうかな!?」


 先ほどの老人じみた口調とは異なり、元気な若者そのものの喋り方になっているが、鞄のインパクトが凄すぎて二人の冒険者は気にしていなかった。

 顔を突き合わせ、冒険者二人は相談を始める。


「この容量と軽さで銀貨五枚……!?」

「買いだろ、買い」

「言い忘れていたが、この鞄の収納力が続くのは五日間だ。それを過ぎたら中身が取り出せなくなるから気をつけるんだよ。うっかり期限が切れてしまったら持ってきてもらえれば中身を渡すから」

「…………五日だけ?」

「それは微妙だな。使い切りアイテムに銀貨五枚は高すぎる」

「鞄を持ってきてもらえたら、無料でまた『魔法の鞄』《マジックバッグ》に加工してあげよう」

「それなら……ありだな」

「うん、ありだ」


 二人は考えながら「あり」という結論を下した。

 五日間というのは微妙だが、便利であることに変わりはない。

 例えば近場の魔物狩りに行く時。これ一つに必要なものを詰めて持っていけば荷物がぐんと減る。魔物討伐の際、大荷物を持って歩くのは命取りになるのでなるべく減らす必要があるのだが、『魔法の鞄』があれば万事解決だ。


「他にもいくつか注意事項がある。購入前に確認してくれ」

 言われて老人(?)が取り出した紙にはこう書かれてあった。


・購入から五日間が経つと中のものが取り出せなくなる。

・ただし店に来て申告してもらえればお渡し可能。

・五日間が経つ前に店に持って来て貰えれば引き続き魔法の鞄として使用可能。

・中に入れたものは鮮度を保てない。徐々に腐ってゆくので注意が必要。

・入れるものは無生物に限る。生き物は無理。

・鞄に穴が開いたり大きく破損すると使えなくなるので要注意。


「結構色々と注意事項があるんだな」

「まあでも、それを差し引いても便利には違いないんじゃないか? いっぱい入る、軽い。画期的な鞄だぜ!」


 相談した二人は、結局この鞄を一つお買い上げした。


「毎度ありがとうございます。フォフォフォ」


 胡散臭い笑い声を上げる老人に見送られ、二人は店を後にした。

「今日はラッキーだったな。ポーションを大量に拾った上、こんなすごい鞄まで買えるなんて!」

「あぁ、俺たちは運がいい」

「なぁ。この鞄、ギルドに持っていって自慢しようぜ」

「いいな。誰も持ってないから羨ましがるぜー」


 二人はウキウキとしながら路地裏を歩いて去っていく。

 後方ではフードを被った老人が歩いていく二人を見ていたのだが、それには気がつかなかった。

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