第5話 名付けて「魔法の鞄」

「で、どうやって売る? 自慢じゃないけどこの場所は、半年に一人お客さんが来るか来ないかってレベルだよ」


 開口一番にモーガンがそんな事を言い出した。


「わかってるわよ。むしろなんでこんな路地裏に店を構えようと思ったの」

「最初は表通りで店をやってたんだけどさ。全然鞄が売れなくて、家賃が払えなくなって追い出されて、激安物件のこの場所を借りるしかなかったんだ。ははははは」


 モーガンは当時を思い出したのか、虚ろな瞳で笑い出した。目が笑っていなくて怖い。

 アルカナは咳払いをしてごまかし、雰囲気を変えるために明るい声を出す。


「大丈夫よ、私に考えがあるの」

「冒険者ギルドに持っていく?」

「それは絶対にダメ」

「どうしてだい。持ち込んで売り込めば、売れまくること必至だよ」


 モーガンの意見は尤もだが、アルカナは首をゆるゆると振って却下した。


「あのね、最初にお店に入った時に私、追われていたでしょ? 冒険者の間で、私の〈空間魔法〉は大人気なの。もし私が姿を表せば捕まってダンジョンに強制連行されちゃうよ」


 現時点では作った鞄はアルカナ本人の亜空間に大きく性能が劣っている。高位の冒険者はこんな鞄で満足しないだろうし、アルカナがギルドに顔を出せば十中八九捕縛されてしまうだろう。

 そしてもう二度と逃げ出せないように四六時中見張りがつき、ダンジョンに潜る以外はギルドに監禁される生活になるに違いない。

 アルカナは暗い未来を想像してぶるりと震えた。 


「なら僕が売りに行こうか」

「それも駄目。どうやって亜空間付きの鞄を作ったのか、きっと手段を選ばずに根掘り葉掘り聞かれる。ギルドの地下に閉じ込められて詰問されて、廃人寸前まで追い詰められて、精神が崩壊しかけたモーガンさんは、鞄の秘密を喋ってしまう……私もモーガンさんもバッドエンドまっしぐら」

「…………冒険者ってそんなに危険な連中の集まりなのかい」


 青ざめるモーガンに、アルカナはキッと鋭い視線を送った。


「連中は血も涙もない集団よ。だから売る時はもっと慎重に。手段を選ばないといけないわ」

「そうか……」


 アルカナの鬼気迫る様子にモーガンはごくりと生唾を飲み込んだ。

 ここまで嫌っているにも関わらず冒険者に売りつけようとしているあたり視野の狭さが窺えるが、二人には一般人に売るという発想がまるで抜けていた。


「いい、狙うのは『田舎から出てきて調子に乗っている冒険者』よ! 彼らを店に誘き寄せるための算段はもう、ついているわ! よし、早速行動に移しましょう!!」

「ところでこの鞄、なんて名前で売り出すんだい?」

「えっ、名前?」


 勢い込むアルカナに水を差すようにモーガンがそんな質問をしてきた。


「名前なんてなんだっていいじゃないの」

「いいや、商品名は大事だよ。何せ口コミで広がる時に重要になる。長すぎず短すぎず、それでいてキャッチーで記憶に残りやすい名前がいい。僕が名付けた『火炎放射器付き鞄』のように」


 その名前がいいかどうかについてアルカナは意見を言うのを止めた。

 モーガンは狭い店の中をうろうろしながら名前を考え始める。


「単純な名前だと『〈空間魔法〉付き鞄』になる」

「それだと私が関わっているのが丸わかりだからもう少し捻りたいわ」

「なら、『亜空間鞄』ディメンション・バッグ?」

「それも呪文と被るから、ちょっと……」

『魔法の鞄』マジック・バッグは?」

「あ、それいいわね」


 長すぎず短すぎず、キャッチー。記憶に残りやすい。


「うん、じゃあ、今から売り出すこの鞄は魔法の鞄だ。それで、どうやって売るつもりなんだい?」

「えぇ、それなんだけどね」


 アルカナは口の端を持ち上げて笑ってから、方法を説明した。

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