第3話 働きましょう、お互いのために
アルカナの頼みでモーガンが用意したのは、ごく普通の鞄だった。さほど大きいものではなく、林檎を四つほど入れたらいっぱいになりそうだ。焦茶色の鞄は留金が二つついていて、そのデザインはシックである。むしろそれは趣味がいいと感じる出来栄えで、今まで見せてくれた鞄なんだったの? とアルカナは心の中で思わずツッコミを入れた。
「じゃあ、行くよーー
モーガンは両手を構えて目を閉じ、集中する。光が生み出され、鞄全体を包み込む。
「はい、これで付与魔法は完了。ここに付与したい魔法を上掛けすると、鞄そのものに魔法がかけられるって寸法さ」
「ありがとう」
発光し続ける鞄を見て、アルカナは考えた。
〈空間魔法〉を付与するなんて、今までに考えた事がない。しかしよくよく考えれば、それほど難しいことではなかった。
アルカナは意識を集中して、いつも自分で亜空間を開くのと同じ感覚で両手をかざす。
「
魔力を込めて魔法の発動を促すと、空間が開く代わりに鞄に魔法が吸い込まれていった。
「鞄の発光が止まったね。これで付与が完了したはずだ。ところでどんな魔法を付与したんだい?」
「〈空間魔法〉」
「〈空間魔法〉!? あの、亜空間を呼び出してものを収納できるという、鞄職人の天敵のような魔法か!?」
「うんそう」
相槌を打ちながらアルカナは鞄の留金を外して中身を確認した。
「……ものを入れる鞄に、ものを入れる空間魔法を付与してどうなるっていうんだ」
「まぁ、見ててくださいよ」
困惑顔のモーガンににこりと笑いかける。
「えーっと、何入れようかな……あぁ、これでいいや」
アルカナは目の前にあった、『水タンク入り蛇口付き鞄』を持ち上げる。
「重っ」
重量五キロオーバーのそれをなんとか持ち上げると、今しがた空間魔法を付与した鞄に押し込んだ。ズルンッという効果音が似合う入り具合だった。
「!?」
明らかに大きすぎるタンク入りの鞄が、林檎数個しか入らない鞄に入っていく。モーガンは信じられないものを見る目つきで鞄を食い入るように見つめていた。
アルカナは留金をきっちり留め直すと鞄をヒョイと持ち上げた。
「よし。持ってみて」
「え!? か……軽い!? あの水タンクは相当な重さなはずだが……!」
「うん。物自体は亜空間に収納されているからね。何も入っていないのと同じ重さ。それで鞄に手を入れれば……ほら」
「水タンク付き鞄が出てきた……!」
明らかに鞄の大きさに見合っていないそれをアルカナが取り出したので、モーガンは目を丸くして驚いている。
「す、凄いぞ……これは画期的だ。鞄の大きさに関係なく、ものが入るのか。しかも重量も無視できる」
「ねえ、モーガンさん。もし〈付与魔法〉で〈空間魔法〉を付与した鞄が売り出されたら……どうなると思う?」
「どうなるもこうなるも、めちゃくちゃ売れるだろう。これは鞄界の革命だ。奇跡だ。いっぱい入ってとっても軽い。いつでもどこでも好きなものを好きなだけ持ち運び可能。そんな夢のような鞄があるなら、金貨をいくら払っても欲しがる連中が後を絶たない!」
「そう。そうなるわよね」
興奮するモーガンにアルカナは静かに頷いた。
今までアルカナが数々の冒険者に追いかけ回されていたのは、その〈空間魔法〉の希少さ故。
しかし、〈空間魔法〉が付与された鞄が市場に出回ったら?
わざわざよわっちいアルカナを背中にくくりつけてダンジョンを踏破するより、よほど便利だろう。きっと皆が買い求めるに違いない。
そうして鞄が売れれば売れるほど、アルカナという人間の希少性は薄れていく。
もう誰も、アルカナを連れてダンジョンに潜ろうなんて考えなくなるに決まってる。
万々歳だ。夢の平穏ライフまっしぐらだ。
アルカナは明るい未来を思い浮かべ瞳を輝かせた。
「モーガンさん、私、ここの鞄屋さんで一緒に働いてもいいかしら」
「こちらこそお願いしたいよ。でも、いいのかい? こんな便利な鞄が出回ったら、君という存在の希少性が薄れるんじゃ……」
「それでいいのよ!」
アルカナは目をカッと見開いて言った。
「私は、私の存在価値を……低めたい!!」
「斬新な願いだね」
人は皆、自分の存在を誰かに認められたり、より多くの人に必要とされたいと願ったりするものだとモーガンは思っていた。
低めたいとは一体。
しかしアルカナの願いに嘘偽りはない。
アルカナの本気具合を感じ取ったモーガンは、「じゃあ、よろしく頼む」といい、アルカナに右手を差し出した。アルカナは左手で握り返す。
モーガンは自分の鞄を王都中に売るために。
アルカナは普通の暮らしを手に入れるために。
ーーかくして二人の思惑は成立し、〈空間魔法つき鞄〉を売るための生活が始まったのだった。
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