第2話 モーガンの鞄屋さん
店の中に入ると、一人の青年と目があった。
二十代そこそこに見える青年は、茶色いエプロンを締め、手には分厚い手袋をはめている。目が合うなり青年は顔中に喜びの色を滲ませ、店の奥から出てくると馬鹿でかい声で言った。
「半年ぶりのお客様だ! いらっしゃいませ、〈モーガンの鞄屋〉にようこそ!」
「しっ、ちょっと、静かにして!!」
慌てたアルカナはなるべく声を殺してそう言うと、店の中を素早く見回した。
「今ちょっと、事情があって追われていて……鞄はあとで買うから、匿ってもらえない!?」
「何、大事なお客さまが追われている……!? そりゃあ大変だ。こっちに来て、このカウンター下に隠れていてくれ」
青年は素早く手招きをして、店の奥にある雑多な作業場のような場所にアルカナを押し込めた。
間髪入れずに扉が開かれ、青年は「ヤァ、いらっしゃいませ!!」と言った。
「客じゃないんだ。ここに今、誰か入ってこなかったか? 具体的には茶色い肩くらいまでの髪に緑色の瞳の、十代後半の女の子だ」
「いいや? 来ていませんね。あなたが半年ぶりのお客様です。で、何を買いますか? 当店ではさまざまな鞄を取り揃えておりまして。とりわけお薦めなのはーー」
「客じゃないって。もういいや、ありがとう」
話を聞かない青年に痺れを切らしたのか、追手はすぐさま店を出た。青年はしばらくしてからアルカナの方に戻ってきた。
「行ってしまったよ。残念だ。何か買っていってくれるかと思ったのに」
青年は心の底から残念そうな顔を浮かべたあと、アルカナへと向き直った。アルカナは青年に頭を下げる。
「急に変なことを頼んでごめんなさい。助かったわ、ありがとう」
「なぁに、お客様のためならお安い御用。で、何の鞄を買っていくかい? どんなものをお望みで? 僕ことモーガンの鞄屋には、他では売っていない珍しい鞄がたくさん置いてあるよ!」
そうだった。
ついつい「鞄はあとで買うから」など口走ってしまったのだ。亜空間のあるアルカナは鞄など欲していないが、言ってしまった以上は買わないと駄目だろう。
そう思ったアルカナは、ひとまず目の前の青年、モーガンにこう問いかけた。
「えぇっと、どんな鞄を売っているの?」
「よくぞ聞いてくれました」
言ってモーガンは、店に戻ると一つの鞄を手に戻ってくる。革張りの茶色い鞄だが、妙に四角い。おまけに鉄の筒のようなものが側面から飛び出していた。
「この鞄、ただの鞄じゃないんだよ。ほら、ここの筒を引っ張り出して、この鞄の奥に仕込んであるポーションの蓋を開ける。そうすると空気に触れた液体が爆発を起こして、筒から炎が飛び出すって寸歩さ。名付けて『火炎放射器付き鞄』だ」
「…………」
斬新すぎる鞄に、アルカナは目を見開いて立ち尽くした。一方のモーガンは思ったような反応が得られなかったのか、首を捻る。
「あっれ、これはお気に召さなかったか……じゃあ、次はどうだろう」
言ってモーガンは新たな鞄を持ち出してくる。今度は非常に重そうで、両手で抱えてよろよろしながら戻ってくると、カウンターの上に置いた。置いたはずみに中で液体が揺れる音がした。
「お次はこれ! 中にたっぷり五リットルも水が入るようになっていて、ここの蛇口をひねると中身が出てくるんだ。砂漠型のダンジョンに行くときなんかにピッタリだよ。どうかな? ……いまいちって顔してるね。いいさ、次にいってみよう」
モーガンはアルカナの顔を見るや否や勝手に結論を下すと、またも違う鞄を持ち出してきた。今度は一度に複数個、抱えている。
「これは『本型鞄』。鞄がページみたいになっていて、いつでもどこでもメモが取れる。こっちは『極小鞄』。女性って、荷物を大量に運ぶのが嫌いだろ。だから小ささにこだわってみた。それからこっちは……」
「待って!」
怒涛の鞄説明に、アルカナは待ったをかけた。このまま黙っていると店中の鞄の説明をしそうだし、何よりも。
「随分変わった鞄ばかりだけど……普通の鞄は置いてないの?」
するとモーガンは今までの愛想のいい笑顔をすっと消し、俯き、拳を握りしめた。
何か地雷を踏んでしまっただろうか。
ただならぬ気配にアルカナは構えを取ったが、予想とは裏腹にモーガンは頭を抱えてワッと泣き出した。
「普通の鞄なんか……売れないだろ! もうすでに王都には人気の鞄屋がごまんとあるんだから! だからこうして苦肉の策で、いろんな変わった鞄を売っているんじゃないか! まあそれだって売れていないわけだけども!!」
確かに王都にはさまざまな店が存在しており、その中には鞄屋だって当然ある。
最強の亜空間持ちであるアルカナは鞄を持つ必要性を感じたことがないので詳しくはわからないが、デザインや機能の優れた鞄はごまんとあるはずだ。
対してモーガンの作った鞄。妙な機能が目白押しで、これじゃ売れないだろう。
アルカナは数々の見せられた鞄を思い返しながら、そう思った。
押し黙っていると、モーガンはその場に正座をしながらグスグスと鼻を鳴らす。
「うぅ……王都中の人が僕の鞄を持って歩くようになるのが僕の夢なのに。どうして僕の鞄はこんなにも人気が出ないんだ? 何がいけないんだ?」
何がいけないって、全部だろう。
人気がない路地裏に存在している店の位置も、売っている鞄の奇抜さも、押しの強すぎるモーガンの人柄も、全部合わせてダメダメのダメである。
しかしアルカナにだって、言っていいことと悪いことの分別くらいはつくつもりだ。
慎重に言葉を選んだアルカナは、モーガンに尋ねる。
「モーガンさんは鞄を作りたいんですか? それとも鞄に他の機能をつけるのが好きなんですか?」
「そんなの……鞄を作りたいに決まっているだろうっ! 僕は鞄職人だぞ!」
モーガンはとうとう床に五体投地しながら叫んだ。ひとしきりじたばたして、それから首だけを起こして、アルカナを見る。
「いいかい。鞄で最も重要なのは、『収納力』だ。だがどうだ、僕の作ったこの鞄たち。ほとんど物が入らない」
「確かに……」
モーガンの作った鞄は余計な機能をつけることに注力しすぎてて、肝心の鞄としての機能が死んでいた。本末転倒である。
「本当は、僕の使える『付与魔法』で鞄に何か魔法を付与できれば、こんな邪魔な火炎放射器とか水タンクなんてつけなくたって済むんだけど。付与魔法の上から込める火魔法やら水魔法は別の人に頼まなきゃならない。事情を説明するのも大変だし、変な顔されるし、僕の付与魔法は永続効果がないから日数が経ったら切れてしまうし、だから苦肉の策でこんな鞄を作り上げたんだ」
「なるほど……」
モーガンなりに考えた結果、出来上がった鞄だというのは理解できた。
「ん、でも、収納力……収納」
アルカナはモーガンの話を聞いて、ふと思った。
自分の空間魔法とモーガンの作る付与魔法付きの鞄、相性が良いのではないか?
そう考えたアルカナは、モーガンにこんな提案をしてみた。
「ねえ、モーガンさん。一度付与魔法をかけた鞄、作ってもらえない?」
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