第49話 混沌

「これは何?」


 荒廃した精神。目の前が真っ暗だ。何もない。ただ黒いものがそこにあるだけ。


 燃え尽きた後の先の光景なんて想像したくもない。私はもうやることを全て尽くした。


 心の中のピークを迎えた。殿下との約束をしてから、途方もない時間が経過した。


 あの時間が私にとって何よりも大切なものだった。


 あの時の心の充実感が一生もので、まだ残っているものがある。


 これからどうすればよいのだろうか。全く私は予想することができない。


「全部全部あいつのせい、緑陰の魔女を全く突破できなかった」


「何より一番つらいのが、エレメナを気遣う殿下だった」


 徐々に嫉妬心にさいなまれて非常に心が引き裂かれた感覚だったのだ。


「でもそんな思いをしてでも私はあがき続けた。そして殿下の気持ちを引き戻したことさえあった。でもそれも終わるの緑陰の魔女が突破できなくてね」


「殿下はいつも私に干渉してきた。そのことを許容するしかなかったのだわ。ねえ考えてみて、永遠に殿下を愛するその先の光景を、能力を使うごとに私の世界はどんどん飛んでいく。だから殿下の認識は微細ながらどんどん削れていくの。現在の私、あなたは知らないだろうけど、私の助力がなかったらあなたは永遠に記憶を削られて、殿下にさえ認識されなくなっていくのよ」


「そんな、そんなことって」


「ごめんなさいね。この事実を知ったらきっとあなたは絶望するでしょう。今の私がそうだったようにね。でも私はもうここまでのようなの。何とか過去に干渉して緑陰の魔女を止めようとしたけど私はもうここまで見たいね。だったら全部話して、後はあなたに任せるわ」


「愛する人に忘れられたときの感情を想像してみたことがあるかしら」


「この世の終わりのような感覚ね」


「そうね、でも可能性はあるかもしれない」


「どうしてそう思うの?」


「無数に存在するパラレルワールドの中で私が干渉したことのある世界は、今ここにしかないはずでしょ。続いた先の世界で、私が干渉し尚かつ私が消えることで何か事態が好転することがあるかもしれない。まさにこのルートこそ全ルートの中から唯一正解を引ける可能性があるの」


「そんなことって」


「だからミケレ、あなたにあとは任せたわ」


「あなたもミケレじゃないの」


「ふん、それもそうね。それじゃあ、じゃあね」





 ふと意識が戻る。ループを使う程他からの認識が消える。


 ループの先に自身の命が果てるときである。


 そんなのは許容することができない。


 時間が動き出す。


「エレメナ? どうしたの」


「いえ、ちょっと時間が止まりまして」


 本能的に感じ取ったのだろうか。


「どういうことよ」


 旧エレメナがたじろぐ。


「ミケレさんの魔力が感じられません。一体何が」


「ミケレさんなら目の前にいますよ」


「いや、そうじゃなくて」


 ふと私の方を向く旧エレメナは驚いた表情をした。


「どういうこと? 面影が、これではまるで」


 私は今の気持ちを率直に語るのだった。


「安心してエレメナ氏、私に任せて」


 様子の変化を感じたのか二人とも身構えた。


「思想が一致した。やっとあなたのやりたかったことが完全に分かったわ。時計塔に乗り込んだ時以上。あなたたち二人は大事なパズルの最後のピースなの。丁寧に使わせてもらうわ」


「どうしたんですかミケレさん!」


 エレメナが特に警戒しているのが分かった。


「制約ですよ。私は未来の私に代償を支払いました」


「代償?」


「ええ、やってくれましたよほんと。未来の私に課した因果の獣、それは未来の私の存在を焼失させた、代わりに私は未来の私の意思を引き継がなくてはならなくなりました」


 あれ、なんで私、こんなことをしゃべっているのかしら。本心とは別の行動が次々と起こされる。私の記憶のアイテムを受け取るたびに、無意識な言動が増えている気がする。


 まるで自我が失われていくような感覚だわ。


「どうしたんだみんな」


 その時殿下が現れた。


「殿下! ミケレさんの様子がおかしいんです」


「うん?」


 殿下は私を驚いたような目線で見てくる。


「ミケレ、何かあったんなら事情を話してくれないか」


「殿下に分かるわけがないでしょ。永遠に機会を逃し続けていたあなたが、未来の私がどんな思いであなたに精神をそいだか」


「何を言っているか分からないが、今の君が思っていることが大事なんじゃないのか」


「そんなものはもうどうでもいいことですね」


「もうどうしようもないくらい未来の私の気持ちが流れてくるんです。エレメナさん、神秘結晶をうばいに行きますよ」


「え?」


 私はミフリのところへ向かった。


「やめるんだミケレ、そんなことをしても何の意味もない」


「殿下はいつもそうやって、私のやることに口を出すのね。その割にはいつも何も成果を残せてないじゃない」


「何を言っているんだ」


「そろそろ時間ね」


 私はミフリのもとに飛んだ。


「あら? ミケレさんどうしたの?」


「それ頂戴?」


「え?」


「バッ!」


 私はミフリが持っていた神秘結晶を盗んだ。


「これは面白いですね」


「ええ、そうですね」


「何があったか分かりませんが、あなたがそのつもりなら仕方のないことなのかもしれません」


「そう? 随分と物わかりがいいのね」


「まあ、そうですね。正直私は嬉しいです。ミケレさん、予言の方々であるあなた達が訪れた時、何か大きなことが起きると思っていました。なので、こっちの方が嬉しいですね」


「自分の危険は顧みないのね」


「無論」


「はあ、調子が狂いますね」


 不思議と魔力が宿っている。ループの原動力の一部が体に宿った感覚である。


「うっ」


 次の瞬間ミフリの意識が奪われるのであった。


「お疲れ様」


 何をしているのだろう。分からないけど本能的に体が動いていく。


 ただ反発的に思ったことを行動に移しているのである。


「ここにいて何があるのか」


「邪魔なエレメナは消えたね、ねえ殿下、一緒に極楽へいざなってあげましょうか?」


「な、何を」


「いい、ずっとあなたを見ていたの。この楽園はあなたに捧げるもの、意識も遠のいてくるでしょ」


「うっ、めまいが」


「相手の五感を幻惑する作用がある花、前の世界では随分とお世話になったものね」


「く、いい加減にしてくれ、ミケレ、君は人のことをなんだと思っているんだ」


 や、やめてよ、私をそんな目で見ないで!


「僕が君の目を覚ます」


 殿下が私に剣を向けてきた。


「どうして、どうして殿下が私に剣を向けるのですか」


「君が間違ったことをしているからだ」


「私が間違っている? その考えが間違えであることを教えてあげますよ」


「させません!」


「っ!」


 殿下をかばうようにエレメナが現れた。がしかし様子が違う。どうやら旧エレメナと共鳴したようだ。


「エレメナ? どうしたのその姿は」


 神秘的な光り輝く聖女の姿に変貌を遂げたエレメナ。まるで神様のようだった。


「私は殿下にこの歌を捧ぐと決めていましたが、気持ちが変わりました。この力は祝福、全ての人に分け与えます」


「どうやら、エレメナ氏の方の人格が先行したようね。まあ私にとっては好都合だけど」


「……」


「殿下を第一に考えないなんて、それはもうエレメナではないわ。私は殿下を手に入れさせてもらう」


「……」


 聖女の姿になったエレメナは私の発言を聞いても微動だにせずに不気味だった。


「何よその態度は」


「天命が下りました」


「え?」




 空間がねじ曲がった時周囲の時間は静止した。


「ねえ殿下、私はうまくやれたかしら」


「関係ないから一緒に来るんだ!」


「殿下!」


「その必要はないです」


「え?」


 沈んでいく私を突然殿下が手を伸ばしてくれたと思ったら、エレメナに次の瞬間殿下をとられてしまった。


「何よこれ」


「殿下あまり無理をなさらないでください。ミケレさんは禁忌を犯しました。どうすることはできません」


「はなしてくれ、ミケレが僕にとって大事なんだ」


「殿下……」


 殿下の表情を見て私は凄くうれしくなった。


 ふと気づけば笑みがこぼれて、手を離した。


「そのお言葉で救われました」


「ミケレ!」


 体が奈落に沈んでいくのが分かる。これは不思議な感覚だ。


「どうしようもないじゃないね」


「それはこちらも同意見だよエレメナ、いや、エレメナ氏」

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