第40話 楽園
「あなたには分かりますか。この高揚感、溜めて溜めて、その時を放出する時のアドレナリンをほとばしらせて、私は今最高の状態なんですよ。そんな単純なことじゃない、時には禁忌を冒してでも得れるまるで果実のような高揚感、あなたには分かりませんよ」
燃え盛る業火の中に巨大な花が生まれる。
「楽園計画発動です」
エレメナが手をかざすとあたりは光で覆われた。
思えばあの時に気付いておくべきだったかもしれない。時々エレメナは何かに引き寄せられるような視線を向けているのである。
まるで視線の先に自分と共鳴するものがあるかのように、エレメナは視線を何かに向けているのであった。
「これは君が見たかった世界なのかいエレメナ」
立ち尽くす殿下そうひとりごとを呟く。あたりには建物すべて消滅し、ただ楽園のような花畑が広がっていた。
「何があったのですか」
私は殿下に静かに問いかける。確かに喧嘩をした。だが今はそれを気にする次元の話ではなくなったのだ。
「エレメナ氏が、豹変したんだ。ミフリ様が式を挙げようとしたときに、エレメナ氏が動き出して、そしたらエレメナも共鳴するように動き出して、僕に別れを告げたんだ」
「それってエレメナも共犯者なんじゃ」
「分からないよ。僕にはエレメナが故意ではなく何かに引き寄せられていくような感じがしたんだ」
秘伝書にあったのはやはりエレメナのことで、何から何までつながっていたということ、いったいどうして何が目的でこんなことを。
「ミケレ、僕たちはこれからどうすればいいんだ」
何もない花畑だけが周囲に広がる中で、私と殿下だけがただそこで立ち尽くしていた。
沈黙をしてかなり時間が経過した。殿下の精神はかなりやられているようだ。同様に私も同じ状態である。
このままではいけないと思った私は言葉を絞り出した。
「一先ず……いや何でもありません」
しかし何もいうことができなかった。最早何をするか考えるのすら途方に暮れるくらいどうしようもなかった。
うちひしがれる殿下の傍にしゃがみ込み私は、そのまま一緒に目を閉じたのだった。
いつまでここにいるのだろう。時間だけが流れていく。この空間には私たちしかいないのであろうか。誰も応答してくれない。殿下もずっとうずくまっている。エレメナはどこへ行ったのだろうか。
「いつまでこうしていればいいでしょうかね」
「……」
意識を失っているのだろうか。殿下は応答してくれなかった。
「思えばこれは殿下を私が独占しているのではないですかね。そうですよ、私には殿下さえいればいいのです。これは夢がかなったかもしれません」
「……」
そうである、殿下と二人きりの空間だなんて、夢のようだ。これを喜ばなくて何を求めるか。
「殿下……」
私は知らない間に気を失ったように動かない殿下の手の上に自分の手をのせているのだった。
悠久の時が流れだす。一体どれくらい時間が経過しただろうか。何もない花畑の空間、不思議と感覚全てが麻痺しているように思えた。
「これが楽園というやつなのかしら」
「……」
「殿下、いつまでそうやって俯いていらっしゃるのですか? 殿下?」
流石におかしい、こんなに時間が経過しているのに全く反応を見せてくれない殿下が不思議である。
「どう、抜け殻となった殿下と対面した気分は」
「あなたは」
今までなんとも感じなかった存在、前回のループで私の中に強く刻まれている、今では最も憎悪を当てる対象である。
「遠くから眺めていた光景は絶景だったね」
「黙りなさい。殿下に何をしたんですか」
「楽園の花は生命を吸い取るの、殿下ももう満身創痍ね。あなたはちょっと特別のようだけど」
「生命を吸い取る? じゃあ殿下は」
「……」
エレメナの言葉を聞き改めて殿下の様子を見るととても静かであり、生命活動をほとんど感じられなかった。
「命によりあなたに干渉することはできない。殿下と二人になりたいから消えてくれないかしら」
「あなたは別に殿下になんとも思っていないでしょ」
「よくわかってるね」
「あなたも随分と、人のような話し方をするようになったんじゃないの緑陰の魔女」
「凄いな、まるで私と以前もあったような話し方だね」
「時系列の干渉。前にも言ったでしょ」
「そおか、あいつも言っていたなそんなこと」
「あいつ?」
「何、もう忘れたの? 前も言ったでしょうが」
その時聞きなれた声が聞こえた。
「あなたは」
「久しぶりだね、現在の私」
未来の私が現れたのである。
「時系列干渉? なんのことだか、でも君がいうのだから、間違いないのだろうね」
「まあね、だから基本的に説明はいらないさ」
「やっぱり出てきたね未来の私。あなたが裏切るなんて今でも信じられない」
「裏切るも何も最初から私はこうだよ。その様子だとまだ計画については知らないようだ」
未来の私は違うループの私とのやり取りをどういうわけか知らないようである。
「どうしてあなたは知らないの」
「リンクが切れたみたいだね。時系列の共有するリンク、私と現在の私の利害が途切れたからこうなったといえる」
「何よそれ、そもそも計画って何のことよ」
「私の計画はエレメナとの約束に帰結する。ざっというと記憶が途切れたエレメナは分断したんだ。全ては次の世界で分かるといいね。とにかくもうこの状態な時点であなたはおしまいだからさよなら」
「ちょっとまって」
私の意識は途切れだすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。