第36話 ささやかな勝利

「黙れよ宰相」


「アリエラ貴様!」


 こちらも久しぶりに見たアリエラ、ミフリと出会ったばかりの時に側にいた使いである。恐れ知らずな態度で宰相に強い発言をしていたのがかなり印象的である。


「アリエラとして貴様にいうことはただ一つだよ。失せろボケナスが」


「なんだと」


「あ?」


「ふ、ふざけるな! 覚えておけよ」


「おとといきやがれ」


 あの宰相を撃退してしまった。流石である。


「すまないね、いきなり」


「いえいえ大丈夫ですよ。ああいった方というのは知っていたので」


「いやあ、驚いたよ。あれが宰相さんか、話には聞いていたけど随分と気性が荒いお方なんだね」


「殿下大丈夫でしたか、あのようなお方はあまり視界に入れたくないものですので次から排除しますゆえ」


 エレメナのリアクションはオーバーな気がするのだが。


「しかし困ったものだよ本当に。あの宰相いまだにミフリ様にあのような口を聞くなんてね」


「本当ですよ。私ミフリ様の使いとして苛立ちを隠せませんでした」


 穏やかな旧エレメナが苛立つのも珍しい、まさに全方面から嫌われる宰相は、何か人をイラつかせる才能を持っているのだろうか。


「あの宰相さんは昔からあんな感じなのですか」


「そうなんだよ。昔からミフリ様アンチでね。あのような悪態をついているんだ。もうあいつくらいだろ、ミフリ様は前回のあの会議で他の貴族からの信頼を絶対的なものにした」


 あの会議の裏にそんなことがあったのか。


「いずれにしても宰相は要注意ですよ皆様、何かあれば私にお知らせください。早急に対処いたしますので」


「わかったわ」


「しかしエレメナ神秘結晶をミフリ様が託す相手を遂に決めたんだな」


「そうですね」


 旧エレメナは私たちを見てくる。


「神秘結晶を託すとはいったいどういうことなのですか」


 殿下の質問は本当に今私たちが聞きたいことである。


「そうですか、まだ把握していないようですね。ミフリ様の神秘結晶は本当に自身そのものと一心同体なのです」


「一心同体!?」


凄く意味深なことを感じさせられた。


「ミフリ様の生命と神秘結晶はリンクしている、それにより切っても切り離せない構造です」


「そんなものをどうして渡したのですか」



「神秘結晶の封印を解くには、自分以外の同じ志を持つ相手でなくてはならない、その志とは自身の深層心理に沈むものであって、自身ですら把握できません。なので可能性に欠けたのです」


「可能性?」


「ええ、可能性です。ミフリ様を響かせる強い信念を持ったものに」


「どうして私が」


「こないだの会議の一件、ミフリ様は大変ほめていましたよ」


「え?」


「ほら、ミケレさんが最後に言ったじゃないですか」


「最後……」


 私はほぼ忘れられていたと思っていた、自身の啖呵を切ったことを思い出して少し忘れたい気持ちになった。


「そうですよ、ミフリ様はミケレさんが最後に大勢の貴族の前で宣言したあの、覇気に感化されていました。ずっと言っていましたよ、やはりミケレさんは素敵ですって」


「まさか私がミフリさんにそこまで思われていたなんて」


 ミフリにかなり気に入られていたようだ。


「とにかく、ミケレさんに渡されたその神秘結晶はミフリ様の魂です。絶対に期待に応えてくださいね!」


「え、ええ」


 なんだかプレッシャーが重くなった気がしたのだった。





 そんなミフリの期待を得てもらった神秘結晶であるが、全く対応の仕方が分からない。どうすればいい、あの伝承の意味もまるで分からないのでは何も始まらないのではないだろうか。


「変なプレッシャーがかかって、体調が悪くなってきたわ」


「大丈夫ですかお嬢様」


「ええ、頑張る」


「ミケレ、無理しない方がいいよ僕に任せてくれ」


「え?」


 殿下が突然私を持ち上げ背中に乗せてくれた。


「大船に乗ったつもりで任せてくれ」


「殿下……」


 私は殿下の気遣いに心が温かくなったと思ったと同時に、気遣いに遠慮なく乗るのだった。




「ミケレさん」


「どうしたのエレメナ」


 さっきからエレメナはこっちを見てこないから表情が見えない。でもその声はかなり震えているように思えた。


「何でもないですよ」


 そう言うと再び、こちらから目を背ける。まあ、大体状況は分かっている。


「エレメナごめんね、ちょっとミケレの体調が悪いみたいなんで、遅くなる」


「べ、別に遅れに関して気にしているわけではないですよ殿下」


「え? でもさっきからちょっと怒ってないかい」


「そんなことありませんって」


 殿下は全く気付いていないようである。殿下が大好きなエレメナにいとってこの光景はまあ、そうなるだろうなと。


「お嬢様、これはどうしますかね」


「うーん、エレメナに頑張ってもらうしかないとしかいえないわ」


「ふふふ、そうですね」


 殿下の心使いを無駄にしたくないという気持ちもあるが、単純にこの状態の特権を離すほど私はお人好しじゃないのである。


 ごめんねエレメナ。

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