第11話 敗北の傷
「諦めたってどういうことよ!」
「いや、もう私はエレメナに勝てる気がしないわ」
そう、最早すべてがどうでもいいほど私は今打ちのめされている。エレメナが殿下にはなったあの歌声、明らかに常人の届く域を超えていたし、まるで聖女のようだった。そして私にはどうすることもできないのである。
「確かに私も昔はそういう考えになっていたわね」
「あなた未来の私なんだから、こうなることも分かっていたんでしょ。全部お見通しなんでしょ! だったらあなたがこの状況をどうにかしなさいよ!」
私は縋り付くように未来の私に対して、率直な気持ちをぶつけた。何もない砂漠だけの世界で私の声が響き渡る。
「……ごめんなさい、そこからは私の干渉領域外だわ」
「っ!」
私は未来の私のことが猛烈に嫌になった。なんなんだこいつは偉そうに突然私の目の前に現れては、私に少し希望を持たせたと思いきや、肝心な部分はいつも何も話せない。それにあまつさえ私と殿下の関係を、断ち切ろうとしてくる。こんなことが許されるのだろうか。
「ふざけるんじゃないわよ!」
私は次の瞬間未来の私に思いっきりとびかかった。
「あなたはそういやっていつもいつも、肝心なところは包み隠して腹立たしいのよ。
「……無理もないわ」
私はとびかかった未来の私をぶん殴ろうとする。しかし未来の私は何も抵抗しようとせず、ただ私に殴られようとしているのを待っているだけだった。
そんな彼女を見た私は、自然と脱力感に襲われたのだった。
「何よその態度」
「いいの? 私を殴らなくて」
「殴ってどうするのよ。何も現状は変わらないじゃない」
「そう、何も現状は変わらない、だから一緒に打開策を探していきましょう」
「打開策って、未来の私にも見出せないのに、そんなものが見つかるわけないじゃない」
「そんなのは、分からないでしょ、それにそろそろ時間みたいね」
未来の私が指をさすと時間の終着点が見えた。
「次に会ったときはもっと有意義な時間が過ごしましょう」
未来の私はそういうと時間の渦に飲み込まれる私を見送ったのだった。
時間は回帰する。そしてループが成立する。
「はっ」
目を覚ますと私はいつもの寝室で目覚めた。
頭が混雑している。非常に難しい状況であるため、いち早くこの状況から脱出したいところだ。
「もうどうすればいいかわからない」
しかし私の頭の中は、そんなにスムーズに切り替えをできるほど融通の利くものではなかった。いまだに残っているのだ、敗北による深い心の傷が。
「それで、これはいったいどういうことでしょうね」
既視感を覚える。流石にここまでの周回をこなすと、目の前の光景の色が褪せて見えるのである。
「なんだか何かをするという行為自体の気力がなくなっている気がします。気持ち悪いというか、ループ酔いといったところかしらね」
何度も何度も同じ光景をこう見せられるのは実に不快である。願わくば次のステージにとっとと行かせてもらいたい。
「ならすぐに私が動くしかないわね」
「こんにちは」
その時扉から執事が現れた。
「何しに来たの?」
「いえ旦那様からこの手紙を渡すように言い渡されまして」
「父上が手紙を」
私は初めて見るこの展開に驚きを感じた。前回の世界での行いは次のループ世界にも反映されるようである。
「こ、これは」
父の手紙には次のようなことが書かれていた。
≪ミケレ先日殿下が私の元へ訪ねてきてね、とてもつらいのだとか。確かに今の地位に甘んじれば永遠ともいえる地位と安定を手に入れられる。しかしそれでは面白くない、今の地位を捨ててでもより刺激的な環境に身を置きたい、そう私に尋ねてきたんだ。殿下は地位、名誉を望んでいない、何か新しい価値観を与えてあげなさい≫
「新しい価値観ね」
その新しい殿下にとっての価値観が、エレメナの歌なのだろうか。怪我をも超越するあの歌声をどうこなしたらいいか私にはさっぱりわからない。果たして私にエレメナに変わる価値観を与えることができるのだろうか。
「確かに私は殿下に対して地位や名誉の話をしていたといえる。しかしそれは名門貴族としての品位を保つのは当たり前のことで、殿下にとってはそれがいいことだと思ったからだ。殿下がそれを望まないのであれば、私は容易にそれを捨て去ることができるわ」
しかし問題となってくるのはやはりあのエレメナのような新しい価値観、こればかりは時間をかけて見つけてしかないわね。
「考えていても仕方がないですわ」
一先ず私は普通に過ごそうということを考えたのだった。
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