6限目 奇妙な契約
時計を見ると午後十時半になっていた。
(俺は一体何をやっているんだろう)
義人は正気に戻り、千沙から手を離す。
一時間以上くすぐられた千沙は息を荒くベッドに横たわる。
苦しみながらも彼女は満足げににやけている。
「はぁ、はぁ。義人君、あ、ありがとう……」
「どういたしまして。こんなことで感謝されるとは思わなかったけどな」
千沙は荒い息を整え、体を起こす。
黒髪をとぐ姿は何とも色っぽい。
「やっぱり君には“くすぐりの天賦の才”がある。もう君を手放せないよ」
千沙は不敵な笑顔で義人の顔を覗き込む。
「よし決めた。義人君、ボクの恋人になってよ」
「……は?」
いきなりの告白に動揺する義人。
「だって、お互いの体をくすぐりあいっこした仲じゃないか。これはもう恋人同士というべきだろ? いや、もしかしたらそれ以上の……」
「待て待て待て! あれはあんたがやれといったからやったことで」
「あはは! そんなに必死になっちゃって。本当におもしろいな、君は。くすぐる以外でも人を笑わせる才能があるのかな」
千沙は大笑いした。
さっきまでくすぐられていたのに、それだけでは足りなかったのだろうか。
自分の純情を踏みにじられたと義人は腹を立てる。
「ふざけるなよ! 街中連れまわして、俺に変なことさしといて、今度は恋人になれだと? 勝手にもほどがあるだろ! だいたい今日出会ったばかりで付き合うなんてありえないだろ! こんな重要なことは、その、もっとこう、互いのことを知ってだなぁ……」
自分の恋愛観を恥じらいながら話す義人の顔を半ば呆れたように千沙が眺める。
「これは驚いたな。考えが古いよ、君は。別にボクたちは結婚するんじゃないんだ。付き合いながらお互いを知ればいいし、その流れで本当に愛し合うようになるよ。だから心配なんていらないさ」
「なんで俺とそんなに付き合いたいんだよ」
義人は不思議に思った。
出会ったばかりの男にどうしてここまで執着するのだろうか。
千沙は顔を近づけて熱意を込めて返事する。
「それは君を他の女の子のものにしたくないからだよ」
「えっ?」
以外な返事にキュンとしてしまった。
(考えてみれば、性癖とはいえ好意のない人間にここまで体を触れさせるだろうか?もしかしたら、あの階段事故の時に一目ぼれしてしまったのかもしれない。しかし、そうだとしてここで受け入れてもいいのだろうか?まだ彼女のことを十分に知らないし、それに遥香の友人だというし。遥香になんて説明しようか……)
頭の中で日ごろの彼らしからぬ甘い妄想の中で贅沢な混乱をする。
考えれば考えるほどに自分の顔が熱く火照っていくのを感じる。
顔をより赤くする少年を見ながら、返事の続きを口にする。
「だって、こんな逸材を手放すものか。さっきも言ったけど、ボクの体は君のテクニックなしではもう生きていけないんだ」
「だよなー」
義人の甘い妄想世界は一瞬で崩壊した。
彼女の頭の中は自分の欲望を満たすことでいっぱいなのだ。そして、自分がそのための道具でしかないことに意気消沈した。
「そういうことなら御免こうむる」
「へえ、そうなんだ。君がそこまで頑なになるなら仕方ないね。できるだけこの手は使いたくなかったけど」
そういうと、千沙はベッドから腰を上げて歩き始めた。
不思議に思い、義人は千沙の後ろ姿を見る。彼女はまだ下着姿であったことを思い出した。
細くしなやかな白いからだに薄い桃色のショーツで隠された引き締まったお尻。
また、義人の顔が紅潮する。
その視線をお構いなしにベッドの向かい側に配置された彼女の身長より高いタンスに向い、少し背伸びをしてタンスの上にあった小さい水色の箱を手にした。
そして、それを義人の前のテーブルに置くと、彼と向かい合うように正座した。
「もし付き合わないというのであれば、これをミーチューブに投稿します」
そういうと、千沙は水色の箱のふたを外した。
そこには小さなハンドカメラが収まっていた。
丁寧にも外からは分からないようにしっかりと細工をしてある。
彼女はカメラの赤いボタンを押す。それは撮影を停止するボタンだった。
「君をこの部屋に入れる前に数分待ってもらっただろ? その間に仕掛けさせてもらったのさ」
「なんでこんなもん用意してるんだよ。まさか最初から俺を脅すつもりだったのか?」
「人聞きが悪いな。これはあとでくすぐりプレイを楽しむために用意してたんだよ。他人がくすぐられている動画はたくさん観てきたけど、自分がくすぐられている動画なんてなかなか観られるものじゃないからね」
「どんだけ変態なんだよ!」
「年頃の女の子に向けて変態とは失礼にもほどがあるよ。で、どうするの? あたしと恋人になるの? ならないの? あたしは別にこの動画ネットに流れてもいいけど?」
「この女……」
このまま目の前のビデオカメラを無理やり壊す手もあるが、ほかにカメラを隠している可能性もある。
それに弁償を求められてはかなわない。
義人は自分の意思を押し殺し、返答する。
「よし、わかった。あんたと恋人になる。だから、それを投稿するのはやめてくれ」
義人の返事を聞き、安堵した千沙は床に体を倒した。
「よかったー。もしダメだと言われたら本当に流さないといけなかったよ」
(マジか。本当に流す気だったのかよ。どんだけ自分の身を削ってんだ)
自分の未来が寸前のところで守られたと気づいた義人も体中の力が抜け、ベッドに倒れた。
「義人君」
「ん?」
千沙の気の抜けた呼びかけに、これまた気の抜けた声で返す。
「これからよろしくね」
目を声のするほうに向けると、女の子すわりをした千沙がかわいらしく微笑みかけていた。
こういう経緯で、秋中義人は島原千沙の恋人? となった。
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