5限目 未知の世界

 四月の初頭、防寒具なしでも十分なほど暖かくなったが、やはり夜はまだ肌寒い。


 そんな時期に同年代の男子の前で下着のみでベッドの上に倒れこむ肌白の身少女がいた。


 その男女は肌寒いこの時期に不思議と熱く火照っていた。


「ボクを……思いっきりくすぐって‼」


 島原千沙が出した要求に、秋中義人の思考は停止してしまった。


 まずは彼女の意図を理解する必要がある。いや、そうしなければいけない!


「島原さん。十分に理解することができなかったんだけど……」


「女の子にこんなこと何回も言わせるとは、君もなかなか意地悪だね」


 義人から目をそらす千沙は恥ずかしそうに答える。


 そしてベッドから体を起こし、自分の発情した感情を抑えるために大きく深呼吸した。


「義人君、引かないで聞いてくれる?」


「安心しろ。俺はもう既に引いている」


「実はね、ボク“くすぐりフェチ”なんだ……」


「うん。さっきの発言で理解した」


「それでね、義人君にボクの体をくすぐってほしいの。だから、今すぐボクの体をくすぐって‼」


 千沙は両腕を真横に上げる。


 ここまで飛躍した説明が未だかつてあっただろうか。


「話を飛ばすな。なんで俺があんたをくすぐらないといけないんだ。そのあたりを順序だてて説明しろ」


 千沙は残念そうに上げていた両腕を下げ、握りしめた膝の上に置いた。


「うん。わかった。じゃあ説明する」


 こほんとひとつ咳払いをする。


「今日のお昼に階段から落ちたボクを助けてくれた時、ボクの両脇をつかんで支えてくれたでしょ?」


「ああそうだったな。よく覚えてないけど」


「その時、義人君の指がボクのツボを正確にちょうどいい強さで押さえてたんだ。あたし、思わずくすぐったくて笑いそうになったんだけど、あそこで笑うとなんか違うなって思って耐えていたけど」


「なるほど」


 千沙が小刻みに震えていた原因をようやく理解した。


「その時思ったんだ。『あ。この人ならボクに理想のくすぐりをしてくれる』ってね」


「なんでそんな結論にたどり着くんだ。それに島原さんのツボをたまたま俺の指が押さえてしまっただけだろ」


「いや、ボクにはわかる。あれは偶然なんかじゃない。君にはくすぐりの天賦の才があるとね」


「そんな才能いらねえよ。まったく“天才となんとかは紙一重”とはこのことだな」


 今の姿といい言動といい、全男子生徒の憧れの的の姿はない。


 いや、むしろ一部の変態は逆に興奮するのではないか。


「で、どうなの? ボクをくすぐってくれる?」


 目をキラキラさせる千沙。


 そんな彼女に対する義人の返事は当然決まっている。


「断る!」


「そんなこと言って。本当はボクの体触りたいと思ってるんだろ?」


 千沙は義人の腰に肩を擦り付けて誘惑する。


「どういうことだ?」


「“女の子の体を触り放題”こんなの男の子の夢じゃないか。君が望むならボクのすべてを提供するよ」


「何を言っているのかわかっているのか?」


「もちろん! ね~え~。お願いだよ~」


 千沙は立っている義人のズボンにしがみついて懇願する。“金色夜叉”のお宮か!


「君の持つ才能はすさましい才能だ。その有用さを君は本当の意味で理解できていない。ボクはもう君無しでは自分の強欲を抑えることはできないんだ。ボクは君にくすぐられる。君は女の子の体の好きなところを合法的に触れる。まさに君とボクは利害が一致しているじゃないか」


 どこかの強欲な魔女のようなことを言い出した。


「俺を欲求不満の変態みたいにいうな!」


 義人はしがみつく千沙を振りほどこうとする。そのはずみで千沙をベッドに飛ばしてしまった。


「あっ、ごめん!」


 状況が状況とはいえ、女子に暴力行為をしてしまった。


 義人はベッドに倒れた千沙に怪我がないか確認するため、彼女に近づいた。


 すると、千沙は髪を整えながらゆっくり体を起こす。


「そうだよね。いきなりこんなこと言われても混乱するよね」


「理解してくれてよかった。それじゃ俺はここで失礼する。また明日、学校で会お……」


 面倒な展開になる前に義人がこの部屋を立ち去ろうとした瞬間、千沙は彼の右腕を引っ張って、彼を仰向けに倒した。


 そして、彼の体の上に千沙が馬乗りになる。


「し、島原さん? 何してるの?」


「うふふ。やっぱりくすぐられる快感を知らないといけないよね……」


 千沙は不敵に笑い、ゆっくりと小さな両手をワキワキさせながら義人の脇に近づけていく。


「ちょっと待て! さっきのは悪かったと思ってるって……」


「問答無用!」


 千沙の細い指が義人の脇腹を襲う。


「ぎゃはははは! や、やめろ!」


 義人は彼女の手を強引に引きはがそうとするが、くすぐられているせいで力が入らない。


 くすぐりフェチのくすぐりテクニックは半端ない。


「どう? くすぐられる快感を理解できた? もし理解してくれたなら、やめてあげるけど?」


「いひひ。わかった。島原さんの望むようにする。だから今すぐやめろ!」


 耐えられなくなった義人は千沙の要求を呑むことにした。


「やった!」


 義人の返答に気をよくした千沙はくすぐりの手を止めた。“くすぐりお試し体験”という名の拷問が終了した。


 馬乗りになっていた千沙は倒れる義人の右横に仰向けに倒れ、両腕を大きく広げた。


 彼女の表情は期待に満ちていた。


 義人は体をゆっくりと起こし、無防備に倒れる下着姿の少女を眺める。


 鼻歌交じりに体を揺らす彼女の姿をかわいらしく思ってしまう自分に変な危機感を覚えた。


「はあ。仕方ねえな」


 約束してしまった手前、千沙の体をくすぐらなければならない。


 ゆっくり彼女の脇腹に手をかけようとするが、女子の肌に触れることに彼の理性が待ったをかける。


 戸惑う義人の姿をみて、千沙は頬を膨らませる。


「さあ早く~。もう待ちきれないよ~」


 駄々をこねる子供のように千沙は手足をジタバタさせる。


「やるよ! やればいいんだろ」


 覚悟を決めて、横たわる少女の両脇腹を両手で掴んだ。


「ひゃん!」


 千沙から聞いたことのない甲高い声が発せられ、義人は思わず脇腹から手を離した。


「ご、ごめん!」


「さ、さすがだね。ボクの見込みは悪くなかった。さあ早く続けて」


「ああ……」


 千沙の要求に従い、再び彼女の脇腹を親指で押す。


 彼女の腹部は柔らかく、押せば押すほど奥の方へ吸い込まれていく。


「いやははははは! いいよー! こんなの、は、はじめてあははははは!」


 そこが千沙のツボだったのか、笑い悶えながら足をジタバタさせる。


「もういいだろう」


 義人は千沙の腹部から手を離そうとするが、千沙は彼の手首を掴む。


「はあはあ。何言ってるんだ。ダメに決まってるじゃないか。さあもっと続けて……」


「これ以上したら体に毒だ」


「こんなところで止められる方が体に毒だ。蛇の生殺しだ。さあ早く!」


「……わかったよ! 後で文句言うな!」


 義人は再び千沙の横腹を掴んでくすぐり始める。


 何もかも投げやりになった義人は力任せに何度もツボを押し続ける。


 しかし、それが彼女の体を程よく刺激し、さっきよりも激しく笑い悶えた。


「ぎゃははははははは! もっと、ほかの場所を! 脇の、下とか! 腰の、あたりとか、足の、う、裏とかぁはははは!」


 くすぐられ苦しみながらもよりくすぐりを求める少女の表情に狂気を感じる。


 義人は今にも逃げ出したい気持ちもあった。


 しかし、さっきの仕返しをしておきたいという気持ちもあった。


「ああ、もうこうなったら自棄だ!」


 千沙の要望に従い、脇の下や腰回り・足の裏などの考えうるありとあらゆる場所をくすぐった。


 その後、少女の笑い声が部屋中に響き渡る。


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