3限目 暴走する放課後
学校の一通りの課程が終わった。
今日は新入学生のオリエンテーションがあるおかげで、二年生はいつもより早めに帰ることができる。
放課後には皆川遥香は所属するソフトテニス部へ、平井和彦は野球部へ、中原岳人は習慣である図書室の自習に向かう。
秋中義人といえば部活に所属していない。
校内にいれば周りから不必要に警戒の目で見られる。そんな環境よりは誰もいない家で勉強した方が集中できる。
ホームルームが終われば、せっせと帰路につくのが義人の習慣である。
この日も同様に義人は早々に帰り支度を済ませ、学校を出るため校門に向かう。
帰宅する制服の生徒やユニホーム姿の生徒で校門はごった返している。
そんな中、ふと校門に目を向けるとそこにある人物が立っていた。
少し長めのセミロングの黒髪を風で軽く流す、人目を集める端正な顔の女子。
そう彼女は昼に義人が助けた女子、島原千沙である。
校門を出ていく男子生徒はもれなく彼女に一度目を向ける。
和彦や岳人が言っていたこともあながち間違いではないらしい。
「あいつ、あんなところで何やってるんだ。ま、俺には関係ないがな」
義人は手に持った英単語帳に目線を戻し、再び歩き始める。
すると、千沙は笑顔で義人に走り寄ってくる。
「よーしーとーくーーん!」
義人を呼ぶ千沙の大声に、周囲の生徒が目を向ける。校内一のマドンナが校内一の不良(?)に話しかけたのだ。無理もない。
千沙は周りの目に気もくれず、義人のもとにたどり着いた。
名前を呼ばれた上に目の前まで近づかれたのだ。もう無視することはできない。
義人は頭をかきながら、英単語帳を閉じた。
「えーと、確か島原さんだっけ? なんで俺の名前知ってんの?」
「皆川さんに教えて貰ったんだ。それに君はこの学校の有名人だからね、悪い意味で。もっと自覚したほうがいいんじゃない?」
「あんたにその言葉をのし付けて返すよ。島原さんの場合はいい意味だけどな。それであんなところで何してたの?」
「何って、君を待っていたに決まってるじゃないか。お昼にも言っただろ? 『お礼は必ずする』と」
「俺は当たり前のことをしたんだ。気にする必要はないよ」
「それじゃああボクの気が済まない。だから付き合ってもらうよ」
「ちょっと待て! 勝手なことを言うな。俺にも事情ってものがな……」
義人が言葉を続けようとすると、千沙の雰囲気が涙ぐみ、悲しい表情に一変する。
「ボクは、ただ、君にお礼したかった、だけなのに……。そんな言い方、しなくても、いいじゃないか……」
これは実にまずい。
今にも泣きそうな少女に見た目不良の男子。
確実に男子に不利な状況だ。
いくら日常茶飯事そのような環境に慣れている義人も、周りの生徒からの視線はさすがにいたたまれない。
特に女子が放つゴミを見るような目線は彼の心に深く突き刺さる。
「ああわかったよ! どうせ用事もなかったからな。今日はあんたについて行くよ」
義人が誘いに乗る言葉を口にした途端、千沙はさっきとは打って変わりパッと明るい表情に変わる。
「ありがとう! やさしい君ならそう言ってくれると信じていたよ」
(この女、演技しやがったな)
彼女を階段で助けたことを少し後悔した。
もう何も信じられない。
「じゃあ、さっそく行こうよ。時間がもったいないからね」
そういうと、千沙は義人の右手をつかみ、校門の外へ連れ出す。
「行くからあんまり引っ張るな」
あきらめた義人は千沙に今後の自分の身を委ねるのであった。
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陽正高校を出たあと、義人と千沙は高校から電車で十分ほどの街“小宮市”に繰り出した。
住宅街である高校周辺とは異なり、小宮市は様々な飲食店や娯楽施設が密集する繁華街だ。
陽正高校だけでなく、周辺の学校の生徒が放課後に集まり、最近では“若者の街”とメディアでもてはやされている。
そんな街で義人たちはゲームセンターやカラオケ、バッティングセンターなど、この街にあるありとあらゆるデートの定番スポットを手当たり次第に訪ね歩く。
この光景を第三者からすればラブラブカップルに見えるのだろう。
無理やり連れ出された形の義人はなぜか不思議とこの状況を意外と楽しむことができた。
美少女とともにいることもそうだが、久々に遊びという遊びをしたことが理由だろう。
振り返れば、陽正高校入学後、寄り道をせずに家と学校の往復を繰り返していた。
家に帰れば、勉強机で参考や問題集と向かい合う、遊ぶこととは程遠い毎日。
そんな折にいきなりの千沙と遊ぶ時間は気分転換に適していた。
(たまにこんな時間も必要か)
しかし、楽しい時間とは早く過ぎていくもので、この日もいつの間にか日が沈み暗くなっていた。そんな小宮市の夜空を、街灯の看板の灯りが照らす。
この明るい街の人混みの中を義人と千沙が歩いていた。
疲れを見せず鼻歌を口ずさみながら歩く千沙に反し、義人は疲れたように彼女の後ろをついて歩いていた。
遊んでいるときは感じなかったが、こうやって歩いていると体内に蓄積された疲労がドッと全身にあふれ出す。運動をしない反動が義人を襲っていた。
(今でもすぐに帰って勉強したいな)
今日は授業以外で全く勉強をする時間をとれていない。それは家での予習復習を欠かさない彼には、とてつもない不安を感じさせることなのだ。
「島原さん、十分に楽しませてもらったよ。いい気晴らしにもなった。ありがとう。けど、もうそろそろ帰らないと。ほら、あんたの家族も心配するでしょ?」
そう話しかけると、千沙は足を止めて振り返った。
「大丈夫だよ。お父さんもお母さんどうせ仕事で帰ってこないから……」
気丈にふるまう千沙の表情に寂しさを感じた。
父親はグローバル企業の代表取締役で、母親は同じ企業の営業部長を勤めていると、千沙は義人に話した。
どちらかと言えば家に帰ることの方が珍しく、四か月以上彼らと顔を合わせていないそうだ。
「義人君、実はね、ここからがお礼の本番なんだ」
「本番?」
「あの、うちに来てくれないかな?」
「……は?」
突然の千沙からの自宅への招きの言葉。
それは義人の全身を硬直させた。
彼の頭によからぬ予感がよぎる。
(両親のいない自宅に男を連れ込むなんてやることは……あれしかない。男としてそれは誰もが夢見る展開だ。しかし、今日であったばかりの女子とそんなことになってもいいのか?それにその相手は遥香の友人だ。こんなこと遥香に知られれば……)
義人も思春期を迎えた一介の男子高校生だ。
男としての本能と理性が彼の中で激しい抗争を繰り広げ、返答を絞り出す。
「し、島原さん! そ、それはさすがにダメなんじゃないかな?」
義人のその言葉に千沙は明るく笑いながら返事をした。
「ちょっとなに考えてるの? ボクは君をおもてなししたいだけだよ。君が思ってることなんて起こりっこないって。本当男の子はみんなエッチなんだから」
義人は一瞬頭の中が停止したが、徐々に自分の思考や発言にとてつもない羞恥心を感じ、焦り始めた。
「そ、そうだよな! そんなわけないよな! いや、俺はやらしいこと考えてないよ。いや、本当だから」
「そんなに焦っちゃって。それで来てくれてるの?」
自分の気持ちを抑えるために、義人は一度深呼吸をし返事をする。
「そういうことならいいよ。でも、もう遅いから用事がすんだらすぐに帰るからな」
「うん。ありがとう」
義人の返事に千沙は飛び上がるように喜び、下校時と同じように彼の右手をつかみ、自宅に連れて行った。
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