2限目 噂の少女

 階段騒動の終了後、秋中義人はクラス教室二年C組の自分の席に座った。


 三限目開始まであと十五分。クラスの半数が教室にいる。


 早くから受験に向けての勉強を行う生徒もいれば、中には他校のそれと変わらず、昨日のテレビのことや学校内の些細な事件を話題に話をする生徒もいる。


 この教室では、にぎやかな昼休みの時間が流れていた。


 では、義人はどうかといえば前者にあたる。


 机の中から書店で購入した問題集を取り出し、問題を解く。


 月曜から金曜にかけて、異なる教科の問題集を解くというのが彼の一年生からの習慣であった。


 


 しかし、彼が授業開始直前まで問題集を解くことができることはほとんどない。 


 なぜなら、高い確率で親友平井和彦が話しかけてくるからだ。


 校則ぎりぎりの明るさに髪を染めた和彦はなぜか義人の不良オーラによって自身の中に僅かにある不良へのあこがれを刺激され、それ以降ことあることに義人に話しかけるようになった。


 そんな和彦を当初毛嫌いしていた義人であったが、幼馴染である皆川遥香以外に話をする生徒がいなかった彼は徐々に和彦に対して新しい親友として認識していくようになっていった。


 


 この日も和彦は軽いノリで義人に話しかけてきた。


「よう義人。今日も目つきわりいなぁ。早くも新入生でもカツアゲしに行ってたのか?」


 和彦は毎回とんでもないことを言ってくる。


 よくもまあ、毎日そんな言葉を考え出せるものだ。


「おい和彦。その冗談、俺の場合冗談にならねえからやめろ」


 周囲の生徒が和彦の冗談を真に受けて、義人に警戒や軽蔑の目線を送ってくる。


「わりぃわりぃ。生真面目に本とにらめっこするお前見てるとちょっとからかってやりたいと思うんだよな」


「来年には俺たちは三年になるんだ。お前もたまには勉強したらどうなんだ」


「うわ出た。お得意の優等生発言。お前のルックスでその言葉はマジで合わねえな」


「うるせえ。ほっとけよ」


 ただ周りを勉強の秀才に囲まれているためその学力が低く感じられているだけで、和彦は一般的な同学年生徒と比べるとかなり勉強ができるほうだ。


 人間見た目だけで判断すべきではないな。




「平井よ。秋中が勉強中なんだ。僕の学友の邪魔をしないでくれ」


 そうこう話をしていると、いつものように中原岳人が話に入ってきた。


 岳人は勉強ができそうな人物の典型のような容姿をしている。髪は常に短く整えられ、制服に一切の乱れがない。


 その容姿に負けず劣らずの学力で一年生の時の成績は全科目五位以内をキープし続けていた。


 現在はA組の筆頭の存在といえるだろう。


 そんな岳人は義人の容姿を気にせず、ただその中身をみて親しく話しかけてきた。


 その公平な姿勢を義人も気に入っており、二人が親友になるまでにさほど時間は要らなかった。


「ようガリベン。そんなお前も義人に話しかけてきてんじゃねえか? なんだ。クラスでボッチなんか?かまってほしいんか?」


「その呼び方はやめてくれ。そして僕はボッチなんかじゃない。僕は秋中と有意義な勉強の話をしに来たんだ。君のしょうもないちょっかいと違ってね」


 和彦はいつものように岳人を挑発する。その挑発にたやすく乗ってしまう。これもまた定番のノリである。


 義人の容姿を体現した和彦と義人の内面を体現した岳人はよく対立していたが、決して仲が悪いわけでもない。


「あっ。そういやぁ義人。聞いたぜ。さっき女子をお姫様抱っこしたらしいじゃねえか。顔に似合って大胆なことすんな。そこにしびれる憧れちまうぜ」


「女子をお、お、お姫様抱っこだとーーー! 秋中よ、君だけは健全な日々を過ごしていると信じていたのに、見損なったぞ!」


「落ち着け岳人。周りが驚いているから」


 感情的になる岳人を義人がなだめる。


 周りの生徒の目線がいたたまれなくなったのか、岳人は顔を赤くして頭を下げる。


 いつもは冷静沈着な彼だが、ふとしたことで感情的になる。そこがいまいち成長できない原因だろう。


「それは誤解だ。足を踏み外して落ちてきた女子を助けただけだから」


「照れるなって。お前案外うぶなんだなぁ」


 和彦はたまに本気で親友を止めてやろうかと思うほど無神経なことをいうことがある。


「しかし、あの島原千沙を狙うとはな。罪深い奴だぜ」


「島原千沙? あの女子、そんな名前なんだ。つうか、“罪深い”ってなんだよ。女子を助けることがそんなに悪いことか?」


 この反応に和彦と岳人は呆れたようにため息をつく。


「お前、こういったことには疎いよな。島原千沙といえば、そりゃあなあ……」


 和彦が岳人に説明を託した。


「校内であいつを知らない奴はいないな。才色兼備とはあいつのために作られた言葉だろう。常に学年トップでスポーツもできる。その上、あの容姿だ。陽正高校の男子はほぼ全員あいつに一度は惚れるといわれている。現に入学してから一年間で全校男子の三分の一はあいつに告白をしていると噂だ。全て玉砕したらしいが」


「随分詳しいな。なんだか、お前の口からそんな色のついた言葉が出るとある意味ドン引きだ」


「君が言わせたんだろう!」


 一人の少女について、説明する二人の親友を俯瞰で見る義人。


 こういう話を聞くと、ここが本当に進学校なのかたまに疑わしく思う。


「つまりだな、そんな女に手を出せば全校男子生徒の敵になるんだ。お前は見た目から問題を起こしやすいんだから気をつけろよ」


「問題を起こしやすい顔ってどんな顔だよ。……あ。こんな顔か」


 そんな他愛ない会話を続けていると授業開始五分前のチャイムが鳴り、親友二人はそれぞれの持ち場に帰っていく。


 結局この日も昼休みを有意義に過ごすことができなかったと憂鬱になる義人であった。

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