雪の大地2
俺はいつ死んでもおかしくない、だからこそ人を殺すのも好きではなかった。
常にパンターの横を歩き、動くものが見えたらパンターの腹の中に伝言する。それが俺の仕事だ。
スターリングラードを侵攻するため、俺達は毎日歩みを進めていた。
通りかかった村は全て殲滅する、上の命令、従わなければ自分の首が飛ぶ。
だが、何もしていない農村民を蹂躙するのは、いつでも心が痛んだ。
特に、逃げ惑う女が襲われ、泣いている子供が殺されていく姿は目に入れるのが辛かった。
どうしても自分の家族が、妻子が思い出されてしまうからだ。
俺には2つ下の妻と、今年3歳になる娘がいた。
そう、”いた”んだ。
俺が徴兵されて3週間が経ったある日、アメリカの爆撃によって、俺の街は姿を消したと電報が入った。
彼女らの消息は確認できず、いつも娘が遊んでいた人形だけが、黒く姿を変えて見つかったそうだ。
何も考えてはいけないと思った。
考えたら自分が壊れてしまう。
ただの作業と思うようにした。
人を殺す作業、死体を作る工場に俺は勤めているんだ、と。
俺は我を忘れたように戦地を歩いた。
手に持ったこのStG44で、多くの命を奪った。
横に佇む鋼鉄の怪物に、命を奪うように指示した。
スターリングラードはもう目の前だった、明日の昼頃には到着するだろう。
そんな時、赤軍と接敵した。
防衛用らしき塹壕から弾丸の雨が降り注ぐ。
俺はパンターを盾にし、状況を伺った。
さっきまで話していた仲間が倒れ、その下で白い雪が赤く染まっていった。
自分の背中には、轟音を響かせながら、主砲から火を噴く怪物がいた。
また1人、また1人と仲間が倒れていく。
その光景の中で、俺は異様なものを見た。
真横から弾が飛んできていたのだ。
真横から飛んでくるその謎の弾丸に、仲間の頭が貫かれてゆく。
仲間の命を奪ったその弾丸の、やってくる方を俺は見た、高台の上に何か光っているものが見えた。
それは太陽の光がスコープのレンズに反射したものだった。狙撃兵だ。
俺はパンターにスナイパーの存在を伝えた。
だが、正面の赤軍との攻防でそれどころではないようだ。
俺は、首から上がどこかへ消えた仲間の死体から双眼鏡をとり、高台の光の方を覗いた。
17、18くらいの少女だった。
軍服を着ず、雪に身を埋め、ただひたすらにこちらを撃ってきていた。
俺は家族を思い出した。
俺が妻に出会ったのも、彼女があれくらいの歳の頃だった。
その、有無を言わさぬような落ち着いた表情と眼差しは、本当に、記憶の中の彼女を彷彿とさせるものだった。
はっと我に返って考えた。
俺は状況が理解できなかった。
なぜ、軍属ではないであろう人間がここにいて、こちらに目を向けているのか。
いや、少女がこちらを撃っている、ただそれだけなのかもしれない。
理由なんてわからない、どう足掻いたって俺は知ることができない。
何を思って、彼女は戦っているのか。
軍服を着ず、その美しい瞳から涙をこぼしながら。
横で怪物の首が大きく回る音が聞こえた。
次の瞬間、耳を裂くような轟音と共に、視界の中から少女は消えた。
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