雪の大地
雪の大地1
私は猟師だった。
村の畑を荒らす動物達を狩り、その遺体を村に持ち帰れば、毛皮は服に、肉は食料に、一切の無駄なく姿を変えていった。
私は、それで村の人たちが笑顔になるのをみるのが好きだった。
ある時、私の住むこの国は戦争に参加した。
それ以来、ラジオでは戦争のことばかり報道された。
特に国境の近いこの村では、山々を挟んで反対側にある村が壊滅した話などもよく聞かされた。
自分たちに戦の火が届くのも時間の問題だとわかっていた。
ある日、いつものように熊を撃った後、その遺体を持って村に戻った。
戻ろうとした。
けれど、戻るはずの村はそこにはなかった。
あったのは黒く焦げついた家々と、数時間前まで笑っていた人々の赤く染まった顔だった。
遠くには、ここから遠ざかってゆく者たちと、鉤十字の描かれた鋼鉄の獣が見えた。
私がおかしくなったのは、その時だったのだろう。
私はいつも使っている父の形見のモシンナガンと弾、料理人を目指していたあの人がよく使っていたナイフ、戦況速報しか流れなくなったラジオ、母が愛用していたタバコ用のライター、登山好きだった祖父のコンパスを持って歩き出していた。
行く先なんて知らない。
私はひたすら歩いた。
ただ鋼鉄の獣の足跡を辿って歩いた。
途中で動物を狩り、ナイフで捌いてその肉を喰らった。
列車の貨物車に忍び込んで移動したりもした。
ラジオで戦況を聞き、それが絶望的なことも知った。
幾つの夜を超えたかも分からない、ここがどこなのかも分からなかった。
そして私は、数え切れないほどの轟音の鳴り響く、雪の大地へとたどり着いた。
人々が叫び声を上げ、無我夢中で走り、次の瞬間にはそこは黒煙に包まれていて、先程まで叫んでいた人たちの姿は消えている。
塹壕の反対側には、見覚えのある服を着た人々と鉤十字が無限とも言えるような数並んでいて、その一つ一つが火を噴き、時々散っていった。
私は、気付いたら父の形見に手を添えていた。
電池の切れたラジオを足下に置き、私は呼吸を整えた。
6倍に拡大された世界には、さっきよりも鮮明に人々の顔が見えた。
あの時、村から遠ざかっていった後ろ姿が今目に映っている彼らのものなのかは分からない。
でも、そんなことはもう私には関係なかった。
照準の中心に1人を捉え、引き金を絞った。
衝撃が右の方を押し、刺す様な音が空に響いた。
次に見た時、彼の体から命は消えていた。
私は何度も何度も引き金を引いた。
何が自分を突き動かすのか、なぜこんなことをしているのか分からない。
ただ自分はこれがしなければならないことだと思っていた。
5回引き金を引き、細長い金属の弾を込めてはまた引き金を引く。
どれだけ繰り返したのか、私は咄嗟に我に返った。
弾を込めようとして右手が空振る。
其処にはもう弾はなく、あるのは冷たい雪混じりの土の感覚だけだった。
…足りない、足りない。
私の中の何かはまだ収まることを知らない、しかし放つものが無ければ何もできない。
銃が撃てなければ猟はできない。
どうすればいいのか、何をすればいいのかを必死で考えていると、私はふと、黒い何かがこちらをのぞいてることに気付いた。
あの日見たのと同じ、鉤十字の描かれた鋼鉄の獣がこちらを見ているのだ。
私は何も考えられなくなった。
あの日とは違う。遠ざかって行くのではなくこちらを向いている。
だが、獣を狩る道具はもう使えない。
状況が掴めると同時に、腹の底を抉るような恐怖と、謎の安堵感が脳内を戦慄した。
家族にまた会えるのだ。
失ったもの、無くしていたものに辿り着いた。
私は笑っていた。
頬に何か熱いものが流れるのを感じた。
6倍に拡大された世界から目を離す。
遥か遠くで小さく、黒い鋼鉄の獣が火を噴いた。
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