誰も知らない空2

俺は早く帰りたかった。

つい一ヶ月前まではただの大学生だったのだ。

それが急な徴兵で全部崩れ去り、まともな訓練もないうちにBf109に乗せられ、実戦に駆り出されているんだ。


俺には恋人がいた。

毎週日曜日、教会での集まりでだけ会う子だった。空を見るのが好きな子だ。

俺が徴兵される時、彼女は泣いて俺を止めた。俺は必ずまた会うと約束した。


今日、本土に向かってアメリカの爆撃隊が近づいていると情報が入り、撃墜のために編隊を組んで出撃した。

俺はいつの間にか軍で秀才と呼ばれる程までに戦闘技術が上がっていた。

自分で何かを努力したつもりはなく、どれも生きて帰るためにした事だった。


索敵していると、目の前を飛んでいた一機が突然火を噴いて落ちた。弾が飛んできたらしい斜め前の方を見ると、敵の爆撃機隊がいた。

俺は機体を捻り上げ、上から逆さ落としになる形で銃撃し、即座に一機堕とした。

ほぼ同時に味方も一機堕としてくれたらしい、が、直後その味方の機も炎に包まれていた。

俺は味方を堕とした敵の真後ろを取った。

すると機体を捻って後ろに回り込み、少し銃撃をした後一気に急降下を始めた。

こいつは凄腕だと思った。

俺は迷わず着いて行き、後ろから銃撃を重ねた。


急降下の状態から一気に機体を引き上げ、山肌スレスレを飛ぶ姿は、まさしく本物の凄腕のものだった。


後ろから制圧射撃をしてもなかなか当たらない。

すぐさま避けられる。

その状況が長く続いた。


彼はいきなり目の前で旋回し、湖に突っ込んでいった。

正直驚いた。

遮蔽物がない湖の上で、撃ってくれと言わんばかりに真っ直ぐ飛んでいるのだ。

俺はすぐさま後ろに喰らいついた。

次の瞬間、視界に黒い何かが飛び込んできた。

避けようとしたが間に合わず、風防を砕き、右主翼を曲げてどこかに消えた。


あれが何だったのかは分からないが、とにかく体制を立て直さなければ堕ちて藻屑と化してしまう。


そう思い機体を引き上げたら、すぐさま後ろを取られた。

必死に銃撃をかわしながら俺も彼を撃った。


長い間攻防を続けた後、遂に弾が切れてしまった。

ほぼ同時に打つのをやめた、彼も弾切れなのだろう。

手の中にはお守りとして持っていた十字架のネックレスのチェーンが切れて飛び散っていた。


俺は機体を彼の横につけ、初めて彼の顔を見た。

人間だった。

殺意のままに体を突き動かされているだけの化け物でも乗っているのかと思っていたが、俺の目に映っているのは、紛れもなく、絶望したように遠くを眺めているだけの人間だった。


俺は目の前にいるのがさっきまで殺しあっていた人間だとはとても信じられなかった。


彼は今何を思っているのだろう。


俺はワルサーを手に持っていた。

彼を楽にし、俺も彼女が好きだった空の向こうに行こうと思った。

俺は彼に照準を合わせた。

彼もまたこちらに銃口を向けた。


血で染まった顔の向こうには、悔しさと憎しみ、そして優しさの染みついた涙が滲み出ていた。


俺は約束を守れなかった事だけを後ろめたく思った。

だが、俺は彼女が眺める空にいる、いつでも会える。


そう思った。


誰も知らない、遠い空の中、ゆっくりと引き金を絞った。

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