戦火に消えた者達
Pナッツ
誰も知らない空
誰も知らない空1
ここは地獄だ。
日常からは遥か遠い空の上で、金属の塊に命を委ね、再び家族の笑顔を見るその日のために戦っている。
今日も俺たちはP-51に乗り込み、憎きナチスを叩きにいく。
連帯を組み、B-29の群れに紛れるようにして飛び、あたりに注意を散らしていた。
どれだけ命懸けで爆撃機を守っても、毎日必ず未帰還機が現れ、爆撃機を守るため奮闘した兵士も、時が来れば儚く散っていく。
一昨日は俺の親友だったウェイドが目の前で火を噴き、そのまま帰ってくる事はなかった。
今でもあの光景は、ウェイドの声や笑顔の記憶と共に俺の脳裏に染み付いている。
飛び続けて三時間、雲の向こうに黒い何かが見えた。Bf109の群れ、ナチスだ。
彼らもまた、自分たちの家族を、国を守るために俺たちを堕としにきたのだ。
俺はひたすら闘った。敵の弾を避け、反転して相手を堕とす、その繰り返しだった。
少しミスをすれば自分の命はない。接敵して3分で既に仲間のP-51が2機火を噴いた。
どうやら敵に一機、凄腕がいるようだ、どれだけ照準に収めても、次の瞬間には後ろを取られそうになる。
俺は急降下した。後ろから奴の球が飛んでくる中、少し被弾しながらも俺は反撃の機会を窺った。
だがそう簡単にもいかない、完全に後ろに張り付かれている。
奴の銃弾が風防のガラスを貫き、一気に機内の気圧が上がる。
急に圧がかかり、出血した、失神しそうになった。俺はここで死ぬんだと思った。
意識が俺の下を離れようとする中、妻の顔が見えた。
これが走馬灯かと思った、一切動かない、妻の笑顔。
気圧計に貼った妻の写真だった、新婚時代に撮ったものだ。
俺はもう一度この笑顔を見たいと思った、自分の目で、懐に彼女を抱きながら。
「死ぬわけにはいかない」
俺は機体を引き上げ、山肌にぶつかるかぶつからないかのラインを縫うように飛んだ。
もちろん奴もついてくる。
俺は湖を見つけ、水面スレスレを飛んだ。
奴が少しずつ自分の真後ろに迫ってくる。
奴は俺の真後ろについた
「今だ」
俺は機体から車輪を出した。
水面を擦った車輪は、抵抗に耐えきれずあっという間に外れ、後ろに飛んでいった。
直撃だ、
奴は機体をフラつかせて上昇した。
俺はその隙を見逃さずに後ろについた。
ひたすら機銃を打っているが、奴もそう簡単には落ちない。
前に出たり後ろについたりを繰り返しながら、俺はひたすら打ち続けた。
銃声が止んだ。
弾が切れたのだ。
俺は終わったと思った。
だが奴も撃ってはこなかった。
おそらく奴も弾が切れたのだろう。
俺たちは並んで飛んだ。
どれだけ時間が経ったかわからない、だが俺の、俺たちの命を削り合うような戦いは決着がつかないまま終わってしまった。
俺はただ呆然と空を眺めていた。
気づいたら周りに仲間の姿はなく、燃料も底をつこうとしていた。
視線を落とすと、自分の血で濡れた妻の写真があった。
風でテープが剥がれ、一瞥するように俺の顔についた後、空へと消えていった。
俺は自分のホルスターから1911を抜き、真横に向けた。
視線の先には、こちらを向いているワルサー拳銃の銃口があった。
そしてその向こうには、この地獄では初めての、優しい笑みが見えた。
欧州の、どこかもわからない山脈の、遥か空の上で、二つの銃声が同時に響いた
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