第7話 気持ち

 冒険者の朝は早く日の出には街を出る。

 宿も冒険者に合わせて動くので早い。


 厨房には遮音の仕掛けがあって誰の睡眠も妨げずに料理ができる。

 朝食は個別のオーダーを取らずすべてセルフにさせてもらっている。

 セルフといってもパンとサラダ、汁物くらいしか用意していないが、使用後の食器は返却場所に置いてもらう。


 朝の見送りが一段落ひとだんらくすると大体このタイミングで花の配達が来る。


 宿の主である母が決めたテーマに沿って花が注文される。

 花は宿のいたるところを彩り、客室にもふんだんに飾られる。

 大体シーズン毎に変わるテーマによって宿の印象もガラッと変わる。


 宿うちは冒険者向けなので夜には専属の娼婦もいるし連れ込みもある。

 宿を家業としている私が男女の何かを知らずに育つはずがない。


 清掃の際に何があったのか察するし、裏方であれこれ話もするのだ。

 安全のため、ある程度の管理は必要だから母はもちろんのこと私も当然把握している。


 服装を見れば分かるはずだがワンちゃん狙いで従業員に粉をかける人は多い。

 食堂に働きにきて結婚をした人もいるし、身を崩した人もいる。


 宿は酸いも甘いも飲み込む。


 ☆ ☆ ☆


 今日は従妹のクリスと客室の清掃をしていた。

 清掃の合間、一息ついていたところだ。


「なんで惹かれたの?」


 クリスは通いでほぼ毎日顔を合わせる。

 一緒に作業をすることも多い。

 だから私の変化にも気が付いたのだろう。

 「ふぅ」とため息をつく。

 誰とは言っていないが、隠す必要もない。

 しかし不意打ちだった。


「特別なものはないの。ただね毎日帰ってきてくれるの。それもとびっきりの笑顔で」


 クリスはなんてこともない様子で替えの花を手に取り香りを楽しんでいる。


 ここしばらく縁談話がなかったのは、クリスから一族へ伝わったからか。

 なんか納得できた。

 みんなからとても心配され、愛されていることが分かる。


 ダニエルさんからの好意はソロになる前からビシビシと感じていた。

 私を誘おうと声をかけてくるパーティーメンバーを牽制して、私を見ると頭を下げたり手を振ったり必ず何かしらのアクションを送っていた。

 たまに雑貨などのプレゼントを受け取ったけど、それでいて積極的に迫られることもない。

 私には程よい距離だった。


 ルー兄ぃ、ウィルといい人と巡り会ってこれたのは運の良さなのだと思う。

 私はウィルしか知らず他に知る気も起きなかった。


「切り火をするとき、胸が痛まなくなったの」


 胸の奥の痛みが無いことに気が付いた。

 悲しみを秘めた笑顔ではなく、純粋に相手の安全を願い笑顔で送れるようになった。

 ダニエルさんのときはほのかに温かい。


「まあそうなの?いつから?」


「1年前・・・かな?気付いたのは。クリスはいつから気付いてたの?」


「私もそのへんかな。ダニエルが帰ってきたときにいい顔してたんだよね」


「いい顔?」


「そう。ダニエルって元気じゃない。みんなおっ来たな!って笑顔になるんだけど、アディもそんな顔をしてた。吹っ切れたのかな?っても思ったけど、あんた引き摺るタイプだもの」


「そうね・・・」


 表情が曇ったのだろうクリスにそっと抱きしめられる。

 柔らかさとぬくもりが伝わってくる。


「あぁ落ち込まないでよ。これでも祝ってんのよ?」


「うん・・・ありがと」


「最近、受け入れることができたんだなって思えたから聞いたの。ずっと味方だからね。さあ続けよっか」

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