第5話 カティアの花

 冒険は運なのだと聞いた。

 どんなに努力してもどんなに好調でも絶対安全という状況でも、神の悪戯かとしか思えないような不運に巡り合わせることがある。

 本当にどうしようもない。

 そんな不運に遭ったら“諦めない”こと、ただそれだけが希望を繋ぐのだとか。


 ウィルは帰ってこなかった。

 まるであの日のようだ。


 虫の知らせすらなかった。


 帰ってきたのは左腕だけだった。

 指輪のついた左手が誰であったかを証明してしまった。


 私は何をしているのだろう?


 なんでここにいるのだろう?


 恐らくはスライムだろう。

 とは父から聞いた。


 だってウィルは上級クラスなんだよ?

 それがスライム?


 母は私を強く抱きしめながら泣いている。

 信じたくなかった。


 それでも知っている。

 1年間の修業中にもそういった被害を見た。


 スライムに食われた後は結構な確率で身体の一部が残る。

 体積以上の食事をしないからだ。


 腕だけが残っていた。

 荷物も装備品も残っていた。


 考えるまでもない。

 でも信じられない。


 ウィルは上級クラスなんだよ?

 上級クラスという言葉が何度も何度も頭をよぎりウィルの死を認めさせてくれない。

 

「ウィルどこにいるの?」


 分かり切っている質問をつぶやく。  


 私は知らなかったがウィルは改めてプロポーズの準備をしていた。

 この街の婚礼はカティアの花を飾るのがしきたりで、粋なパドレっ子なら自分で採ってきたカティアの花でプロポーズする。

 婚約の経緯いきさつでは先走ってしまったのだ。

 このことでさんざん揶揄からかわれもした。

 ちょっとした負い目もあったのだろう、一人で森に咲くカティアの花を採りに行っていた。


 葬儀はひっそりとしめやかに営まれた。

 上級クラスがスライムに食われた。

 その理由を考えれば大々的に送ることはできなかった。

 ともすれば不名誉な表現と共に注意喚起の例えとして名前が残ってしまうかもしれない。


 多くの人が泣いてくれた。

 カティアを採りに行った事は葬儀の席で聞いた。

 虹の幼馴染リティスが「ごめんね」と泣きながら教えてれた。

 「謝らないでよぉーーー」

 リティスに抱き着き泣くしかできない。


 泣いた後の記憶が無い。

 何日か経っていたらしいが、気が付けばウィルと夕焼けを見た場所にいた。

 思い出が多い大好きな場所だった。

 綺麗な夕焼けを眺めながらベンチに座っている。


 森には傷を負わせられる存在はいない。

 ウィルなら森の変異種であっても難なく対処できる。


 スライム・・・、そうスライムだけなのだ。

 ウィルをどうにかできるのは。


 目を閉じてカティアを採りに行ったウィルを想像する。


 森の木漏れ日の溢れる所にカティアは生える。

 何年か前、私たちが見たときは森の中に突然開けた箱庭みたいな場所だった。

 思い出の美しく幻想的な光景をイメージする。


 花を見つけてどうするだろう?


 迷わず一番大きな花を探すだろう。


 目当ての花を見つけまず花の香りを嗅ぐ。

 薄い甘い香りに目を細めやさしく微笑む。


 花を眺め、その場所を眺めたくなるはずだ。

 手に入れた花を手元に、自然に生えている花を腰を下ろして眺める。

 ゆっくり眺めるために大木を背にするだろうか。


 大木を背に木漏れ日に輝くカティアの花を眺める。

 これからの幸せを考えてとても優しい笑顔をする。

 今までの冒険や出会った人たちのことも考えただろうか?


 カティアの甘い香りに誘われたか。

 たくさん想いを馳せて恐らく微睡んでしまったのだろう。

 花を手に入れた喜びや敵がいないことが油断した理由なのかもしれない。


 敵はいない。

 恐らくしばらくスライムに出会ってなかったかで本当に失念してたのだろう。


 寝てしまった場合、スライムの接触は感知できない。

 諦めを考える余地もなかっただろう。


 きっと苦しみはしなかった。


 ☆ ☆ ☆


 発見してくれたパーティーに話を聞きに行った。

 パーティーは採取クエストでカティアを探していた。

 やっぱりウィルは大木の下、カティアの群生地がよく見えるところにいたと教えてくれた。


 想像通りすぎて納得するしかない。


「ウィル・・・」


 涙が出て止まらなくなった。

 私は泣き続けた。


 思い返せばウィルが街を出て以降、一緒に過ごした時間はそう多くない。

 離れていても離れたと感じたことが無かったから気が付かなかった。


 けれども凱旋した後は一番濃い愛の日々だった。

 ウィルを受け入れ、愛し、愛された。


 消えてしまった未来を理解した。

 自分の両腕を握りしめて嗚咽した。


 ルー兄ぃの形見の腕輪の感触に今の気持ちが刻み込まれる。

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