剱、氷を砕く

 明朝、日の出の光で朝露がキラキラと輝いている中、ベアトリーチェ達は森に開いた妙な広場に立っていた。


「木が枯れてたり……折れてたりですごいねコレ」

「昨日結構荒れているとは聞いてたっすけど、実際見ると違うっすね」

「隠蔽魔法の影響で外側からは普通の森に見えるが、中も比較的開けている」

「それでその内側に入るとドラゴン判定されて即襲いかかってくるわけね。ベアはそれ置いたらすぐに散開するの忘れないでよ」

「忌剣の破壊はベアトリーチェのリュシオラが要だ。俺やケマルタ、アルバーニャとシャタが気を逸らすから一撃で破壊を狙え」


 昨日、とても美味しいほろほろの柔らかい肉とスープを食べながら話した内容の再確認だった。

 対ドラゴン用の捕獲装置は組み立てた状態でベアトリーチェが担いでいる。結界の中に入ったらそのまま設置して、最善策が失敗したらシャタが隙を見て発射し、クルの動きを妨害する手筈だ。


「入る前に言っておく。我々の問題で部外者のお前達を死なせるのはエルフの誇りが許さない。助けるのが無理と分かれば……躊躇わず逃げてくれ。クルを殺してしまっても構わない」

「やる前から失敗のことなんて考えるものじゃないよ! 成功のイメージが大事だよ」


 やる前から失敗することを考えていたら手足といえ刃が思い通りに動かない。刃筋が乱れるから刃も立たなくなる。まだベアトリーチェの耳飾りが一つの頃に教えられた言葉だった。


「ありがとう……それでは……いくぞ!」


 全員で手を繋いで結界に向けて突進する。悠長にしていると入りから前に襲われる危険もあることから、隠れ家の結界で練習した入り方だった。

 ベアトリーチェは即座に捕獲装置を地面に叩きつけるように突き刺して移動。カイリスとケマルタは背負っていた盾を左手に装着して、ベアトリーチェとアルバーニャの前に出ながら左右に散会する。

 二人が手に持つ盾は防火剤に浸した木を火蜥蜴の皮で覆ったもので、本来はドラゴンのブレスに耐える為に用意したものだが、急激な温度変化に強い為、氷の忌剣による魔法攻撃にもある程度は耐えられる算段で装備していた。

 案の定前方から吹雪のような冷気攻撃が飛んできて、凍りつく盾の陰に二人は身を隠しながら、追撃に備える。

 シャタの話からして相手は無差別に侵入者に攻撃を仕掛けているから、一番前にいるカイリスに釣られたところをもう一人が抑え込み、トドメにベアトリーチェが魔剣を破壊する。

 これが最善策。

 ケマルタから少し離れた後ろにはベアトリーチェ、カイリスのすぐ後ろにはアルバーニャがいる。


「雷魔法行くわよ! 初曲・流転」


 アルバーニャが飛び上がり冷気攻撃に晒されながら弓を引き絞る。クルの姿の全容が見えた。左腕に魔剣を、無いはずの右腕は獣のような氷でできた代物になっている。

 目線はアルバーニャとは合わないが、その顔は外敵への怒りに溢れていた。

 ベアトリーチェが矢を放った。冷気に晒されて氷結し、軌道が若干逸れながらもクルの氷の腕に鏃が刺さる。


「次曲・極化」


 矢を放ったアルバーニャの人差し指と、刺さった矢筈が、光る弦のようなもので繋がっていた。ベアトリーチェもその光を見て突撃の準備に脚に力を込める。


「耳塞いで! 終曲・帰還」


 その弦が瞬間的に猛烈な発光と爆音を撒き散らす。

 それが真上で炸裂したカイリスは耳を塞ぎながら思わず歯を食いしばりながら「これが雷霆弓か……」と呟いた。


 その一撃は氷でできた獣の腕を半ばから冷気攻撃ごと吹き飛ばしていたが、アルバーニャは顔を顰める。

 求めていた効果までは届いていなかった。


「これで行動不能になってくれればもっと良かったんだけれど、やっぱり氷相手じゃ相性悪いわね。気張りなさいよカイリス! これ見たならすぐこっち来るわよ!」


 クルが見境ない言ってもサイコロを振るような完全なランダムではない。距離が近ければそちらに行くだろうし、危険と見做せばそちらを狙う。

 危険なアルバーニャの魔法を見せることで本命のベアトリーチェから注意を逸らし誘導する為の魔法だった。


「っス!? こっちスか!?」


 それでも突撃する方向がケマルタの方を向いた。相対するケマルタが盾についた霜を叩き払いながら構える。


「これ違うっス! 狙ってるのはベアトリーチェっす兄きいいいっっすぅ!?」


 突撃してくるクルが自分より後ろを見ている事に気付いて声を上げ阻止しようと来たケマルタは、足元から氷柱が生えて上空に跳ね飛ばされ悲鳴を上げた。


「わっケマルタ!? ……予定と違うけどぉ!」


 リュシオラを肩にかけるように構え、土煙が巻き上がるほどの強い踏み込みでクルにベアトリーチェが突撃する。クルが左腕を氷で包み込みながら持った忌剣でその渾身の一撃を受け止めた。

 澄んだ金属音が響く。ぶつかり合った刃同士で、リュシオラが忌剣に勝り食い込んでいた。


「このまま……折っ」


 鍔迫り合いの状態から徐々にベアトリーチェが押し込んでいくと、食い込んだ部分から氷が噴き出した。それが絡みつくようにリュシオラの刀身を伝わってくる。ベアトリーチェが指を巻き込まれる前に手を放して、リュシオラをドロップキックで蹴りつけた。

 付着した氷を吹き飛ばしながらリュシオラは蹴られた勢いで上空に吹っ飛んで、空中を弧を描きながら飛び蹴りのあと少し離れた所に着地したベアトリーチェの手に収まる。惜しかったのに、と悔しそうにしながらも上段から振り下ろす構えを取った。


「もう一回!」

「すこし待つっす! 自分の後ろに入って耳塞ぐっすよ!」


 ベアトリーチェとクルの間にケマルタが入ってきて、盾を構えながら右手に持っていた矢を放り投げた。その矢筈からは光の弦のようなものが出ていて、アルバーニャに繋がっている。


「ケマルタいるけど! なんか似た状況になった覚えある!!」

「何て言ったんすか!?」


 間髪入れずに爆音がベアトリーチェを腹の底から揺らした。閃光はケマルタが盾になってくれたので問題なく、そのまままだ耳を塞いでいるケマルタの後ろから出る。


「すごいことになってるね!?」


 氷が全身を覆う鎧のように変化し、長剣くらいだった忌剣も氷で覆われた大剣の様相を呈していた。剣の長さならリュシオラと同じくらいだが、分厚さと太さが段違いだ。

 鍔迫り合いになるとまた凍らされるので二、三撃連続して強打を叩き込む。氷は砕けるけれども即再凍結し忌剣本体まで届かない。


「どういう腕力!?」


 氷を纏って大きくなった剣を氷を纏う前と同じように軽快に振り回しながらもベアトリーチェの撃ち込みも真っ向から受け止めていた。

 対人戦の経験は薄いが、ベアトリーチェは自分の攻撃を真っ向から受け止められた経験は無かった。パパルのおっさんもカイリスも技量を以てベアトリーチェの攻撃を受け流したり弾いたりしていた。


「これは……強化魔術よ!」

「強化魔術!? でもそれなら魔力切れまで粘れば勝ちが」

「強化魔術の効きが悪い水人エルフの上あの細身でベアの力に真っ向から対抗できる出力なんて使ったらもうとっくに魔力切れよ! 考えられるとしたら……忌剣が集めてるマナを強化に回してる事だけど……」

「忌剣は魔剣と同じようにマナを収集するが……本人は魔剣と同じく忌剣の能力行使以外にはマナを使えない筈だ」

「じゃあ出来てるみたいだしどうしようかな!」


 エルフのアルバーニャと忌剣に詳しいカイリスそれぞれの知識ではあり得ないことが起きていて、作戦会議した時の前提が崩れていた。

 撃ち合い砕けた氷がキラキラと輝く中、ベアトリーチェが手札を考える。リュシオラでは氷ごと忌剣を破壊できない。氷で勢いを殺されて忌剣に届いても折る程の威力が残らないし。

 ドラゴンさえ怯ませる拳で殴って氷が砕けても忌剣は破壊できない。リュシオラに持ち替えて切る前に氷は再凍結してしまうし、手は凍って剣を握るどころではないだろうし。

 今試したけど峰の部分を叩きつけても少し氷が砕ける量が増えるだけで、忌剣に届かない分刃より悪いなと。


「あっしまった!?」


 ベアトリーチェが考え事をしながらで集中を欠いた為忌剣の受け方を失敗し、鍔迫り合いの部分から氷が覆い始める。

 背後からの攻撃で気を逸らそうとしたケマルタとカイリスが迫るが、薙ぎ払うような獣の腕の裏拳で吹っ飛んだ。代わりに鍔迫り合いを無理やり引き剥がすことに成功した。


「カイリス!」

「大丈夫だ! ベアトリーチェ、撤退するのも有りだ。前提条件が変わった。クルを解放するには何か……」

「いや……殺してくれ!!」


 シャタが叫んだ。


「撤退しても手札が無いだろう!? だが……殺すことならできるのだろう!? お前たちがこれ以上負担をうける必要はない!! 同胞を救おうとしてくれたことを感謝する!! だから……クルを殺してやってくれ!!」

「確かにそうだけどさ! 人助けが難しいのなんて当たり前なんだから諦めるの気が早くない!?」


 話を聞いていて納得と納得できないことが両方出てきてベアトリーチェは叫び返した。


「時間かかるって思ったから朝早く始めたんでしょ! 我儘言うけど少なくとも昼ぐらいまでは粘るよアタシは!」


 リュシオラを覆いかけていた氷を力任せに拳で叩き割りながら、クルに向き合う。


「自分も付き合うっすよ!」

「そうねぇベアが納得するまではやりましょうか」

「俺も異存はない。リーダーはお前だベアトリーチェ」


 大怪我が出ていないのは何故か執拗にベアトリーチェが狙われているからだ。だけれどその間なら三人はベアトリーチェが納得いくまでクルを助けるのを手伝うつもりだった。


「ありがとう三人とも! と言うわけだからシャタはいい感じの時に捕獲装置撃つの忘れないでね」


 そう啖呵を切ったが、勢いだけでどうにかできないのはベアトリーチェ自身分かっていた。

 鍔迫り合いのように長く接触するかあの氷の腕で掴まれてしまえば凍らされてしまう。分厚い氷は何度でも再生し、忌剣を破壊する邪魔をしてくる。

 何度も何度も三人の援護を受けながら百を超えるほど打ち合ったあたりで、氷に覆われる前の最初の一撃で折りたかった……! と連撃で氷の剣を弾きながら少し後悔が浮かんできた。


「……あっ」


 後悔の中から、思いつきが出てきた。

 成功するかはわからないが、やる前から失敗を考えるものではないのはベアトリーチェ自身の姿勢だ。成功の道筋をイメージする。

 切るのではなく衝撃で飛ばすようにリュシオラの腹を打ちつけてクルとの間に空間を作る。


「シャタ打って!」


 ベアトリーチェの言葉にシャタがクル目掛けて捕獲装置を発射する。飛行するドラゴンを落とす為、大量の鉤爪が着いた網だ。

 ベアトリーチェを追いかけようとして見事に網に掛かり、氷を出して対応するクルから距離を空ける。充分な助走距離を確保して、最初の一撃と同じように構え、地面にを踏み砕きながらクルへ突進した。

 初めと違い、リュシオラが深く氷の大剣に食い込んで芯の忌剣に到達してもそこで勢いが止まってしまう。

 そこから氷が噴き出しリュシオラが覆われるより早く右手を離して、左手を支点に右足で地面を強く蹴り、腰の捻りを加えて、拳をリュシオラの峰に全力で叩き込んだ。

 ドラゴンも昏倒しそうな衝撃がリュシオラを通して伝わり、忌剣を覆った氷が弾け飛ぶと、リュシオラが刀身の半ばまで食い込んでいる姿を表す。

 怯んで下がろうとするクルにベアトリーチェは左手で魔剣を、右手でクルの手を掴んだ。

 多少凍らされようと絶対に離さないほどガッチリと、それこそクルの手が握られたことで骨が折れてしまうほどに。


「もう……一回!!」


 ベアトリーチェが頭を振りかぶって、リュシオラの峰に再びの全力で頭突きを見舞った。

 両端を掴まれて逃げ場の無い忌剣にリュシオラが更に食い込み、断ち切る。

 忌剣が悲鳴のような音を響かせながら、折れた断面から溜め込んでいたマナを放出する。

 ベアトリーチェが額を抑えながら悶絶するのと、クルを覆っていた氷が倒れながら砕け散るのは同時だった。

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燐光のリュシオラ 雛菊 @hina3

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