剱、森でエルフに出会った
「未踏の森と聞いていたが……思っていたより深いな」
「ここは、ジキッド建国当時からある森なのよ。私が生まれる前は城壁のあたりまで全部森だったみたいよ」
「でもさ、ジキッドまでは平原と畑じゃん」
ケマルタが斧で障害物を退けて作った道を歩きながらベアトリーチェが振り返ると、森を背景に周囲を警戒するカイリスがいるだけでピポグリフ馬車どころかもう平原すら見えなかった。
「今は魔晶石があるですけど、なかった当時なら越冬の度に森が削られていくのが目に浮かぶですよ」
「まあ、ジキッドの主要種族は
先頭をケマルタが、次に一番大荷物のベアトリーチェと後衛かつ森を熟知したアルバーニャが周辺を警戒し、カイリスが殿を務める陣形で順調に進んでいく。
木漏れ日が真上からポツポツと落ちる昼時まで、問題なく進行できていた。
「陽が落ちる前に山脈の麓に着きたいところなんですが……」
ケマルタが言葉を止めてしゃがんだので、ベアトリーチェが覗き込む。
「どうしたの? 獣道でも見つけた?」
「獣道なら良かったんですけど、人の痕跡ですね」
そこにはベアトリーチェの足のサイズより小さいが確かに足跡が残っていた。ベアトリーチェからすると獣ではなく人っぽいのがつけたようなというくらいしかわからない。
「未踏じゃ無かったの?」
「公的には未踏の地でも冒険者が実は入り込んでたなんてのはよくある事です。大体は賊だったりするんですけど、足跡のサイズからして……
ベアトリーチェの隣に並んでアルバーニャが足跡を見つめた。
「それなら、コナン川の流域にエルフの里は無いはずよ。それに今どきのエルフは隠れ里ですら蔓で作った靴なんて履かないわよ」
よく見てみれば確かに足跡には横向きに縄のような跡がついている。
「そういうものなの?」
「そういうもの、二百年前とかのエルフなら履いてるでしょうけど」
「ならば野盗の類かもしれない。気をつけて進もう」
「了解です」
「えっこういうのは追いかけて確認しに行くものかと思ってた」
周囲の警戒を続けているカイリスの言葉にベアトリーチェは少し意外そうな声を出した。
「森の調査ならそうするべきだが……いや、出過ぎた真似をした。決定権はベアトリーチェとアルバーニャ、君たちにある」
ベアトリーチェは腕を組んで唸った。好奇心としては追いかけてみたいと強く思うが、ゲイリーに頼まれた事を優先するべきだろう。
同意してもらえると思ってアルバーニャの方を見ると、大きな服の襟を立てて、足跡の先の方を向いて何かしていた。
「アルバーニャ、気にせず進むって事でいい?」
「これは、私は追いかけてみるべきだと思うわよ」
襟を降ろしたアルバーニャが目を細めてそう言うので、首を傾げた。
「さっき、エルフ語の悲鳴が聞こえたからね」
「僕には聞こえなかったですが……それに今時のエルフは履いてないんじゃ無かったんですか」
「ともかく助けに行こう! アルバーニャよろしく!」
「ええ、任せて」
悲鳴が聞こえたとのことでそちらの方向に大急ぎで進んでいく。
足跡が複数になってまわりの木々に矢が刺さってたり戦いの痕跡が増え始めた。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!」
「なんか騒いでるけど!?」
ようやくベアトリーチェの耳にも声が届いたが、何をいってるのかわからない。
意味を聞こうとアルバーニャの方を見ると顔を赤くしていた。
「エルフ語で、めちゃくちゃ汚い罵詈雑言よ」
ようやく視認したのは血を流して這いつくばりながら逃げようとしているエルフと、それににじりよる人が縄でぐるぐる巻きにされたような何かだった。
「なんだアレ!?」
「◼︎◼︎◼︎!?」
「植物の魔物っぽいですが人型なら……ドライアドですよ!」
「ともかく離れろお前!」
背負った荷物をさっとおろしてベアトリーチェが何かの顔面のようなところに両足で飛び蹴りを叩き込む。すると蹴られた頭が弾けるように紐のようなものに解れた。
「わっ何!?」
解けた紐のようなものが両足に絡みついてきてそのままベアトリーチェを振り回し、周りの木の枝に引っ掛け吊るしあげようとするが、掛かった木の枝がへし折れてベアトリーチェが尻もちをついた。
そのまま引きずられそうになったのをケマルタが斧を振り下ろして切断する。
「これ植物の蔓ですね! ドライアドじゃなくてトレントですよ! 用意して良かったです斧!」
「なんで、そんな細い蔓がトレントになるわけ!?」
ケマルタが斧を木こりのようにその人型トレントの腕に向け振るうが、蔦が解けて空振ってしまい体勢を崩した。それめがけて蔦が飛んでくるのをカイリスが剣で切り払う。
「トレントに斧が有効なのは巨木の魔物だからだ。この蔦のトレントには当てはまらないぞ」
「それなら、凍らせるのが一番よ。なんとか動けないようにしなさい」
「じゃ、アタシの出番ってわけだね!」
ベアトリーチェが両手でしっかりと
人型の肩のあたりから断ち切ろうとした所、先ほどの斧のように胴体の蔓を解いて避けるのではなく、両腕をばらけさせて受け止めるように防御してきた。
何本か蔦が切断されたが、柔らかくしなやかなソレを全て切断しきれず、そのまま巻きついてきたのでベアトリーチェはあえて手を離した。
そのままリュシオラは巻かれるままにトレントの中に取り込まれてしまった。
「よし分かった。アイツ胴体っぽい所になんか大事なものがあるぞ」
「だが剣が飲み込まれたぞどうする気だ?」
カイリスとケマルダが胴体を壊せば止められるのかと突撃の構えを取るが、それをベアトリーチェが右手で制した。
「飲み込んでくれたなら御の字だよ。言ったし見てたでしょ?」
その手をそのままトレントに向けて差し出すと、トレントが引き寄せられるように動きだした。それに抵抗しようと周りの木々に蔓を伸ばして体を固定する。すると人型に巻かれていた蔓からリュシオラの切っ先が飛び出す。
「この剣は絶対にアタシのところに戻ってくるよ。間に何があろうが関係なく」
そうして刃で蔓を切り裂きくように回転し、柄などに巻き付いていた部分を引きちぎるようにリュシオラが飛び出し手に収まると、ベアトリーチェは軽く剣をはたいて残っていた蔓の破片を落とした。
引っ張っていたリュシオラが抜けたことで反対側に吹っ飛んだトレントの胴体は引きちぎられ、蔓の塊の内側が露出していた。
そこには根を張られた人のようなものが見えた。
「いいわね」
そこへ氷の矢が突き刺さった。振り向けばアルバーニャがさっきのエルフを片足で踏みつけながら、新たに弓に矢をつがえていた。
再び胴を蔓で包もうとするトレントの隙間を縫ってその矢が氷の矢の衝突すると、どばっと水が一気に溢れ出して、トレントを包み込むように凍りついて動きを止めた。
「なるほど、普通のトレントならちょっと凍ったくらいじゃびくともしないけれどコイツには致命傷みたいね」
縦横無尽に動いていた蔓の部分と凍った部分の境目が砕けて地面に落ちる。ベアトリーチェが蹴飛ばしても反応は示さない。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!」
「なんて言ってるんですかコレ」
「感謝してるんじゃないか?」
「いや顔が怒ってるけど」
助けたエルフにベアトリーチェたち三人が近寄るがこちらを見回しながら何か言ってる。
少しくすんだ金髪に赤い瞳をしたエルフはアルバーニャと違い鎧を纏わず、矢筒を背負っているがもう矢は一本もない。
三人はエルフ語がわからないので目線をアルバーニャに向ける。
「"ひとまず、助けてもらった事には感謝するけど、なぜ人がここにいる"って言ってるわよ。こういう時は私が話すのが手っ取り早いから退いてちょうだい」
ベアトリーチェがとりあえず下ろした荷物を拾いに行きながら見ていると立ち上がったエルフとアルバーニャが言い合いをしているのがわかるが、徐々にアルバーニャが押してるのがわかる。
「アルバーニャは何言って言い負かしたの?」
戻ってきた頃にはすっかり大人しくなった様子のエルフにベアトリーチェは首を傾げた。
「この辺りで、交易語も通じないようなエルフには私の名前伝えれば大体なんとかなるのよ
名前を伝えればなんとかなるという理屈はベアトリーチェにはよくわからなかったが、エルフ族はそういうものなのだろうと納得した。
自分が当たり前だと思っていたものが非常識で驚かれたのと似たようなものだろうと。
「◼︎◼︎◼︎◼︎」
「さて、ともかくコイツ……あ、シャタって名前みたいなんだけれど、コイツの仲間たちのところに行けばもしかしたらドラゴン調査の足がかりになりそうよ」
「山の方だからこの森にいるエルフには関係ない話じゃない?」
「聞いた話だと山から逃げてきたエルフなのよ」
山から逃げてきたとなれば逃げてきた理由があるのは明白だった。ベアトリーチェたちはシャタの案内に従って森を進むことにした。
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