第6話
「んんんんんなんか面倒ごとになりそう……」
風呂屋にやってきたベアトリーチェは浮かない顔で服を脱ぎ始めた。
縛っていた髪を解いて、手甲を外してから上着をインナーと靴まで全て脱いで受け取ったタオルを巻いて、待っていた
「じゃ、前回と同じで浄化で良いですか?」
「……覚えててくれたの?」
「それは外に長物おいて置かせてほしいなんて言われたら覚えてますよ」
浄化というのは服の汚れを落としてくれるサービスである。
ジキッドにはこれをやってくれる大衆浴場が二種類ある。ドワーフ式と
ただベアトリーチェは自分の持ってる
「ふぁ……暑い」
タオルを巻いたまま扉を開け部屋に入るととても暑い。
ドワーフが体を清潔にする手段に火浴びというものがある。初めて来たときはその名の通り火の中に入るのを見てびっくりした。
そのドワーフ用の火炎風呂の熱を利用して水を沸かしてその湯気をため込んでいるので視界が悪く少し離れると人の顔も見えないくらいだった。
木造の長椅子の一つに座っているとじわじわと汗をかいてくるので持ってきた砥石で体を擦ったり爪を削っていると、奥の方に居たのがペタペタと足音を立てながら近づいてきたので見上げると、長い耳をしたエルフだった。
「アレ、ベアじゃない。もう帰ってきたの?」
「……アルバーニャだ。なんでこんな所いるの?」
エルフの女性、アルバーニャ・コナンテスコはベアトリーチェの先輩にあたる冒険者だ。ジキッドに来たばかりの頃から世話を焼いてもらっている。
「思ったより、早かったわね。まあ、一人前になるにはドラゴン退治くらいはしないとダメよ。まだあんたじゃボロボロにされそうだけどね」
「……話聞いてる? ドラゴンなら倒してきたよ?」
「嘘でしょ!? 怪我とかしてないわよね!?」
フン、と鼻を鳴らしたと思ったら急に肩を掴まれて体を見回され、怪我がなくて安心したようにため息を吐いてベアトリーチェの隣に座った。
「まぁ、ドラゴン倒して一人前になったと言っても止まり木の冒険者なら冒険に出てこそ一流になれるってものよ私のように」
「……」
たまに言ってることとやってることがころころ変わってベアトリーチェからするとよくわからない人だった。
「……それでアルバーニャはなんでこんな所に?」
「私は日課よ。ここで限界まで温まって外で自分に水魔法掛けると最高に気持ちよくてぐっすり寝れるの。ベアもやってみる?」
「いや……やめとく」
「なんか、ベア元気ないわよね? いつものガキみたいな元気はどうしたのよ」
ベアトリーチェはとりあえず事情を説明してみた。破刃隊に因縁つけられたことや全員を柄打ちしたことやそれで冒険者ユニオンと面倒ごとになるかもしれない事を。
話を聞いているアルバーニャの耳が徐々に赤みを帯びて、聞き終わったあたりで力強く立ち上がってベアトリーチェの頭を撫でる。
「聞いた限りベアに非はないわよ。大体気に入らないのよ冒険者ユニオンとかルキア大陸の冒険者たちの品質向上なんてお題目掲げて各国の宿を一纏めに依頼と受注を一元化しようだなんて。冒険者なら未知へ飛び込む冒険こそが本懐で依頼なんてそのついでにやるものでしょうが。大体忌剣なんて厄介な代物なら私が察するってのその鑑定してた奴の腕すら疑うわよ冤罪で関係ない魔剣へし折りまくってるんじゃないの? という訳でベアが何か責任取らされることは無いしそうならない様に私や店主も庇ってくれると思うから安心していいわよ。店主も呼び出された時身を綺麗にしてないと印象が悪くなるかも程度でここに行けって言っただけよ多分大体店主にユニオンが強く口出せるもんですかこっちに非がないんだからそのカイリスって奴も謝ってたんでしょ?」
「え、あ、はい」
一息ですごい喋られてベアトリーチェは圧倒されて肯定の返事をするしかなかった。
「じゃ、私は先に上がって休憩所に居るから休んだら一緒に帰りましょう」
「わかった」
アルバーニャを見送ったあと全身の汚れをしっかりこすり落として、全身を拭うと、すっかり浄化が終わった衣服を受け取った。
脱ぐ時とは逆順に着ていって、上着と手甲はつけるとまだ暑いので袖などは紐で縛らず羽織って建物の2階の休憩所にやってくる。
休憩所兼酒場のような仕組みになっているのだが、昼前なので人はあまりいないようでベアトリーチェはアルバーニャをすぐ見つけることができた。
冒険用の実用的な服ではなくくつろぐ為のゆったりとした服を着ていた。
「あ、来たわね。ベアもこっちの椅子座りなさい飲み物なら奢るわよ」
「その椅子はちょっと……普通の椅子でいいよ」
アルバーニャの座る椅子は前後にゆらゆらと揺れるようにできている。
前に座った時、そのまま後ろに倒れてしまいそうな感覚がして落ち着かないのでベアトリーチェは普通の椅子に座った。
風呂上がりでも少しどんよりした様子のベアトリーチェの前にいつの間に取ってきたのか、アルバーニャが水の入った木のグラスを置いて指を弾くと、氷が生まれてグラスの中に落ちる。
「はい、風呂上がりは冷えた水飲むのが最高なのよ」
促されるままに飲むと冷たさが喉をすり抜け、少しの乾きと体の火照りに染み込むように体に広がっていく。
「どう? 些事が吹っ飛ぶ美味しさでしょ」
本当に美味しいので思わず口角が上がったベアトリーチェにアルバーニャも満足そうな顔をした。
「ありがとうアルバーニャ」
「は? 別に感謝される意味ないし、後輩が暗い顔してるとこっちの気分まで悪いからやっただけよ」
「それでもありがとう」
感謝を込めてまっすぐ見つめているとアルバーニャが目を逸らして手で顔を覆った。
「あのね、その面でガキっぽいのはズルよ……」
「何の話?」
「それは、こっちの話よ独り言よ!」
なぜか怒っているようなのでベアトリーチェは首を傾げながらグラスに残った氷を噛み砕いて飲み込んだ。
「帰ったらパパルのおっさんにもありがとうって言わないと」
「それなら、お兄さん呼びした方が喜ぶんじゃない? というかあれだけ不安がってたってベア、冒険者ユニオンのことよく知らないでしょ」
「……多分よく知らないと思う?」
「それ、何がわからないのかわかってない顔ね」
そうは言われてもベアトリーチェとしては字を覚えたりジキッドの一般常識を学んだりでそういう仕組みにまでは手が及んでないのだ。ようやく自分の名前が書けるようになったくらいなのに。
「アタシの聞いた感じだと、冒険者の宿とか冒険者の酒場があって、それを管理してるのが冒険者ユニオン」
「もうそこからね、違うのよ。まあ悪いのはベアじゃなくてユニオンなんて大層な名前つけた奴ね」
またイラつき出したのか前後に揺れるのが激しくなってベアトリーチェは倒れてしまわないかの方が気になった。
「ユニオンは、冒険者の酒場の名前よ。私たちの止まり木と違うのは同じ名前の酒場がジキッドと、そこから街道で繋がる国やら都市にあることくらい」
「つまり?」
「つまり、対等。止まり木とユニオンは対等ってことよトラブルを起こしたのが向こうならなんか言われる筋合いはないし、向こうが嫌がらせしてくるかもしれないけどこっちは店主の止まり木よ? 一銅の得にもならないわね」
「ならなんでおっさん頭抱えたんだろう?」
アルバーニャの話聞いた限りは頭抱える必要ないよね? とベアトリーチェには当然の疑問だがパパルが頭を抱えたのはアルバーニャには初耳である。
「なんで、店主が頭抱えんのよ。ベア、まだ私に何か説明し忘れてることあるんじゃないわよね?」
ベアトリーチェは首をブンブンと大きく横に振った。
「その顔、隠しごとしてはなさそうね」
「だって全部話したし」
「なら、帰ったら店主に聞いてみればいいわよ」
椅子から立ち上がると水を飲み干してお金を払って外に出る。
「そういえば、ベアって歳いくつ?」
「今年で二十歳で成人したよ」
「
「おっさんは何歳くらいなんだろ。百二十歳くらい?」
「ベア、それ言ったら店主に流石に泣かれるわよ」
二人はそんな話をしながら宿に戻るのだった。
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