第5話

 時々眠って休んで、街道を歩き続けると遠方にようやくジキッドの建物の先端が見えてくる。

 それにともなって街道が合流し、一昨日は見かけなかった行商人の馬車や竜車の数が増え、それの護衛をする冒険者や旅人などの喧騒で道が賑やかになっていた。

 人が集まっている方が野盗や野生動物魔物の類いに襲われても対処しやすいからだ。


「やっぱり賑やかだ。あ、そこの鱗族スクモスの行商の人! この剣包めるくらいの布売ってくれない?」

「ん? ああ構わないよ」


 街道を少し外れて休憩している行商人はベアトリーチェの格好を見て煙管を置いた。

 先日破刃隊と色々あったせいで巻いていた布がなくなってしまったのである。

 ジキッドは大陸最大級の交易都市で、大体なんでも持ち込めるが、武器を抜き身で持ち歩くのは怒られるので鞘なり布や革のカバーが必要なのだ。

 初めてジキッドに来た時はそれを知らず結果的に検査所みたいな所一つ倒壊させた事がある。

 ベアトリーチェには今となっては良い、いや普通に悪い思い出だ。

 なのでジキッド式の礼儀作法は忘れることはあっても剣に布を巻くのは絶対に忘れることは無いだろう。


「んー、しかし高い織物になってしまうが……銀二枚ほどになるよ」

「いいよ」


 スクモスの商人は珍しい織物や染料を売っていることが多いと聞いたのでせっかく声をかけたのだから、値段はそこまで気にしていなかった。


 受け取った織物は開けばベアトリーチェをすっぽりと包めるほど大きく、剣を巻くのには十二分で銀二枚を渡すと口角を上げながら広げて、剣をぐるぐると巻いていく。


「縛る紐はサービスしておくよ」

「へえ、髭紐のこの編み方初めて見た」


 故郷では同じ個体の髭を使うから基本的に髭紐は単一色だ。ベアトリーチェが着ている服を固定している紐も全部同じ、自分が狩ったものの髭だ。

 しかしこちらは色違いの髭を使った面白みがあった。

 それを二本使って鍔のところと切先のあたりを縛ってみれば、お洒落な気がして背中にくっつけて見てみる。


「いい感じじゃないか。君の服装に合わせた織物を選んだ甲斐があったよ」

「ありがとう! 良い買い物させてもらったよ!」


 ジキッドに入る時の懸念点が無くなったので、さっさとパパルのおっさんに報告に行こうとお礼をしてから駆け出した。

 ジキッドのタナトテアより立派な壁で仕切られ、その周囲は川から水路が引かれた広大な農地が広がっている。

 初めて見た時は圧巻だった珍しい景色も、今は見慣れたものだ。収穫時期は地平線の先まで黄金色に染まると聞いているのでベアトリーチェは楽しみにしている。

 そこも抜ければついに検査所だ。商人のような大荷物を抱えた人々とベアトリーチェみたいな身軽な人々で別になっている。


「……んー。貴女ですかベアトリーチェ」


 検査所に居たのは騎士のロックスだ。ベアトリーチェが以前検査所を破壊した時も検査をやっていた。

 ジキッドは王直轄の騎士たちが様々な業務を担っており、ロックスは観察力を買われて検査を担当している。

 ベアトリーチェからすると雑用をやらされているように感じるが、聞く話によれば全身鎧を着たまま長時間仕事をできる忍耐力と体力を持ち合わせた上位騎士の仕事らしい。


「あ、こんにちは。今日はちゃんと巻いてるよ」

「……はい、問題ないですね。通っていいですよ」


 くるりと一回転して背中の剣を見せる問題なしと通してくれたので、一礼してジキッドの中に入った。

 南の大門をくぐれば壁の内側一杯に広がる倉庫街のど真ん中を、北に向け一直線に都市を貫いている。

 右の方を見れば王様の城塞が都市を見守っていて、それを目印に移動していく。

 刺々しい見た目は時折飛来するドラゴンを着地させず、撃ち落としたならそのまま刺し殺すことを考えていると聞いて初めて見た時ベアトリーチェは感心したものである。


「あれ、ベアちゃんどした?」

「今帰り」

「なるほどお疲れ」

「アレ、ベアトリーチェじゃん魔晶石いいの入荷してるよ」

「魔晶石はいいんだけど今度属性魔晶石用のランプ買わせてね」


 商業区画に入り東側に移動していくとベアトリーチェに声を掛けてくる冒険者などが増えてきた。

 そうして商業区画でも王様の城塞のある貴族区画に寄りのへんぴな所に建てられた宿に到着する。


「ただいまー!」


 元気よく扉を開けると、中は小ぶりながら食事ができるようなテーブルが三つ程並べられていて、こじんまりとしていた。

 飲食ではなく冒険者が寝泊まりするのが役割だからだ。

 カウンターテーブルの中では初老を迎えてなお衰えないと言ったような偉丈夫が皿を拭いていた。


「思ったより早く帰ってきたな。報酬は気に入ったか?」

「気に入ったよ! おっさんは見る目がある」

「当たり前のことを言うな。あとおっさんはやめろお兄さんと呼べ」


 拭いた皿を棚に戻してパパルは微笑んだ。


「そうだおっさん今暇?」


 カウンターに駆け寄って手をついたベアトリーチェが部屋を見渡して誰もいないのを確認する。


「一発やろうよ!」

「年寄りに鞭打つなお前は」

「自分でお兄さん呼びしろって言ってきたじゃん」


 パパスはため息を吐いてから上着を脱いでポールハンガーに掛けると、カウンターの上に『御用の方は裏の建物へ』という案内を置く。


「剱、三日で研がれ変わるって言葉があってさ、見てろよおっさん」

「なら終わったあと風呂屋にでも行ってこい」

「研がれるってそう意味じゃない!」


 故郷のことわざを引用したら理解してもらえなかったので肩を怒らせて抗議するがのらりくらりと裏口から外に出て行ってしまった。


「さて、目標は変わらずだ。俺に一撃入れたら勝ち」

「今日こそは勝つぞ」


 裏口から出ると、粗雑だが丁寧に整備された訓練場が姿を表す。この宿に所属する冒険者が利用できる場所だ。

 ベアトリーチェは背中の剣を壁に立てかけるとそこへパパルが同じ長さの木剣を小屋から取り出して投げ渡した。

 受け取った後片手上段に構えたベアトリーチェに対してパパルはリラックスしたようにぶらりと左手で木剣を持っている。


「おりゃ!」


 パパルは強烈な打ち込みを横から叩き軌道を逸らすとそのまま踏み込んだ。

 ベアトリーチェの左腕が掴もうと迫るがそれも読まれていて、バシンと掌を打たれ、そのまま眼前が木剣に覆われた。額を叩かれる所で寸止めしてくれたのである。


「手癖が出てるぞ? 何かあったか?」

「ドラゴンが出たから倒してきた」

「タナトテアでドラゴン? 妙な話だな……」

「隙あり!」


 隙をつこうとして剣の長さを活かした突きを放つが鍔の部分で受け流されてそのまま額にゴツンと一発入れられる。


「いてっ」

「鍛錬なんだ。人が少し考えてる時に攻撃するな」

「ごめん」

「まあいい、次は両手持ちをやってみろ」


 片手で持っていた剣を両手でしっかりと握り、左半身を前に出し、体で剣を隠すような構えをとった。


「そうだ、そこから打ってこい」


 やあ! と掛け声とともに剣を打ち込む。片手で振り回すよりも明らかに振り回す速度が上がり木剣同士がぶつかる乾いた音が連続する。


「良い。そのまま間合いを押し付け続けろ。両手剣の基礎中の基礎だ」


 間合いを押し付け続けていると言うがベアトリーチェからすると決定打を入れることができていない。


「間合いが詰まったぞ、ここで上段からの打ち込みだ。どうする?」


 両手剣の苦手な接近距離になる。普段の癖に従うなら今すぐ左手を突き出すべきだが、それは違う。

 鍔と刃の部分で受け止め捻り、左手で刃の部分を押し出す。押してもベアトリーチェには届かず、引いても間合いから逃げられない。膂力はベアトリーチェが上回っていて両手持ち故に鍔迫り合いに持ち込む事も不可能だ。

 横薙ぎで切り裂かれる本来詰みの状況である。だがパパルは下がりながら上体を後ろに逸らし、剣を下側に滑り込ませ軌跡をそらして抜け出した。


「くっそ! そんなのありか!」

「待て」


 振り抜いてしまった隙に攻撃を受けないよう後ろに下がったベアトリーチェにパパルが待ったをかけた。


「ふー、ついにお前に一撃入れられたか」

「え? 当たってないでしょ」

「当たったさ」


 パパルの鼻から鼻血が垂れた。


「逸らしきれなくてこの有様だ。対人が確かに上手くなった。ドラゴン退治から何か経験を積んだか?」

「いやそっちは破刃隊と戦ったからだね」


 鼻血を拭っていたパパルがピタリと止まった。


「何故冒険者ユニオンの連中と戦ってるんだ?」

「アタシのリュシオラが忌剣だとかアタシが正気じゃなくなってるとか因縁つけてきて結果的にカイリスが正気じゃなかったみたいな」


 初めて一撃を入れられてその成長に満足そうな顔をしていたパパルの顔がどんどん硬くなっているのだが、ベアトリーチェは気付いていない。


「で、破刃隊はどうなった?」

「全員に柄打ちして正気に戻ったカイリスがことの顛末をしっかり報告するって」


 パパルは呑気にそんなことを言っているベアトリーチェに頭を抱え、それを見たベアトリーチェは不安そうに頬をかいた。


「アレ……なんか不味かった?」

「お前の話を聞く限りは別にこちらに非はないが……ユニオンに呼び出されるかもしれんからとりあえず風呂屋に行って身綺麗にしてくるんだ」

「わ、わかった!」


 ベアトリーチェは剣を背中にくっつけて、ポーチに砥石が入っているのを一応確認すると急いで風呂屋に向かうことにした。

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