第4話
祝勝会と言う名の宴会から抜けて、夕方に出発したベアトリーチェはジキッドと繋がる街道をぶらぶらと歩いていた。
「ちょっと脇腹痛くなってきた」
満腹で酒も飲んで三時間ほど歩いたし当然かと脇腹を抑えながら、街道脇に生えている樹の根元に剣を立てかけて腰を下ろす。
「あ〜夜風が涼しい〜」
呑気な様子で平原の先を見つめる。
「ザルード平原って目の前のだけと思ってたら小平原と大平原があったんだね知らなかったな」
平原は草原しかないものだと思っていたし、地平線はどこまでも地平線のままだと思っていた。
地平線の代わりに山の尾根があったり森で地平線が見えなかったり。
腰の紐につけた革袋の中から青い石の粒を取り出して指でつまむと水が溢れてきて上を向いて口の中に落として喉を潤す。
「これもうすごい便利だし、魔法とか使えるプルの人らもこういうもの作ってくれればよかったのに」
あの爆発した樽にも使われていたらしい属性魔晶石は、魔力を込めれば属性に合わせた効果を発揮してくれる。
平原の夜に露天で眠るのはベアトリーチェの格好では少し肌寒いが、それも火の魔晶石を手に握っているだけで十分暖かい。
原っぱを剣でめくってそこに入り込む必要はないので木に背中を預けたまま大欠伸をしてそのまま眠りについた。
どれくらい寝たかは定かではないが、突如背にしていた木がバキバキと轟音を立てたので座った体制のまま飛び上がった。
「つぇっだなに!? ってあっちちち?!」
持った手に力が入ってしまい心地よい暖かさを放っていた魔晶石が高温になって思わず放り投げてしまった。
パパルに魔晶石と一緒に専用のランタン買った方がいいぞとアドバイスされたのを無視したのを少し後悔した。便利さの裏には危なさがあった。
「んー? なんだこれ狼が剣でもくわえて持ってこうとした?」
背中にくっついている
辺りを見渡すと朝日がもうすぐ顔を出そうとしているのか森の先が白くなっているのと、それを背に木の幹が半分くらい抉れていて倒れそうになっていた。
木に背中を預けてたので邪魔だった木にそのままめり込んで大きな音を立てたというわけだった。
で、誰がそれをやったかである。
平原狼ならわざわざ剣だけ持っていかない。盗賊の類だろうか。
「よくわかんないからいいや」
盗賊の類ならそれこそ剣だけ持っていく意味がわからないのでベアトリーチェはまたブラブラと歩き出した。
街道から少し離れた所に沿っている森に下手人なり下手狼なりが隠れてるかもしれないがわざわざ探しに行く義理もない。出てきたら柄打ちで許そうと呑気に考えていた。
急に起こされたとはいえそこそこ寝れた上、朝日が出る前の明るさで歩くには十分だった。
「待て」
そういうわけで少し歩いていると、森の方から集団が飛び出してきて道を塞いだ。
二足で歩いているので狼ではなかったようだし、その声に聞き覚えがあった。
「あれ、カイリスじゃんどうしたの?」
「ベアトリーチェ。その剣は災いを呼ぶ代物だ。渡してもらおう」
「……まさか剣盗もうとしたのカイリス?」
「そうだ。渡してもらおう」
取り繕ったりせずに肯定し、お揃いの革鎧を着た破刃隊の面々と共に様々な剣を抜いて構える。ショートソードとロングソードが主だった。ただストレイジがいない事だけは気になった。
「渡しても良いけど泥棒しようとしたし、まずは柄打ちでこらしめてやる」
革の手甲を付けた左手を前に突き出し、右手で背中の剣の柄に手をかけた。
「忌剣を使わせるな」
身の丈ほどある長大な剣は高い攻撃力と攻撃範囲を持つが取り回しが悪く初動が遅い。ベアトリーチェは目を開いて突っ込んできた二人を見つめた。
破刃隊は見た目からして全員が
魔剣を使わせる前に無力化する気と気付いたベアトリーチェは、かけていた手を放し突っ込んでくる二人へ更に前に出た。
「なっ」
完璧な連携で喉と右脇の下を突こうとしていた二本のショートソードを右手で殴ってまとめて弾き飛ばした。
予想外の事に予備の短剣を引き抜きながら下がろうとした二人だが、突撃していた勢いで超至近距離に入ってしまいベアトリーチェがその首根っこを掴んだ。
「知ってる? パパルのおっさんにも言われたけど一番取り回しいいのは素手なんだって」
そして二人の頭と頭を激突させた。
「ギャッ!?」
「はいもう一回柄打ち」
「ギャァァァ!?」
二人なので二回分ともう一度頭をぶつけ合わせられた二人は地面に置かれて痛みでのたうちまわっている。
「隊長ここは私が!」
「待て下がれズネート」
一番体格のいい男が盾を構えながら剣を抜いたベアトリーチェの前に出る。
構える丸く湾曲するように加工された盾は、高い技量を持つ剣士であろうと刃筋を立てるのが難しい代物だ。
だがベアトリーチェは別に殺す気はなく柄打ちしたいだけなので盾に向けて思いっきり剣の腹でぶん殴った。
「ウワァァァ!?」
刃筋を逸らすも何もない金属の棒で思いっきり殴られたようなもので盾の裏からボキッと嫌な音がしてから盾ごと吹っ飛んでいく。
「あー、腕折れたならそれが柄打ちってことでいいよ」
「貴様よくも!」
「下がれケマルタ」
「ですが隊長」
「下がれと言っている。あの剣は俺が壊す」
ベアトリーチェの前に歩み出たカイリスが剣を正眼に構える。
踏み込みに対して間合いで有利なベアトリーチェが剣を横薙ぎに振るうが、それを上に滑らせ空振りさせる。
空振りした隙を潰す為突き出した左腕を掴み捻りあげようとして来たのを力任せに引き抜いた。
「輪を作らず強化魔術を行使しているな。忌剣の第二段階だ」
「まずその忌剣って何?」
「魔剣の一種だ。使われる道具のはずの魔剣が使い手に取り憑き狂気に落とす」
危うく締め上げられかけた左手を開閉させながら質問した所、カイリスが爛々とした目でベアトリーチェの
「どう狂気に落ちるの?」
長さを利用した突きを容易く逸らされる。組み付かれると締め上げられるのでリーチの長さを利用して近づかれないように気をつけた。
「忌剣に依存し忌剣の求める事へなりふりを構わなくなる。その多くは剣ゆえに何かを殺すことに向けられる」
「へえ、どれくらい持ってるとやばいの?」
「使えば使うほど。数年もすればのまれるだろう。だが壊せばその影響は消える」
ベアトリーチェは攻防に若干興奮を覚えていた。力押しでなんとかなっているものの、ここまで好き放題やられているのはパパルのおっさん相手以来である。
「大体どうやって壊すの? 自慢じゃないけどこの剣は絶対に曲がらないし絶対に折れないよ」
「魔剣の特性は魔力に依存している。俺の持つイグニレスは魔力を散らし特性を貫き、破断する。……なんだその顔は」
「いやごめん今日、じゃないや昨日喋った時とだいぶ様子が違うから、取り憑かれてるのはアンタじゃないかと思ってさ」
「適当な事を」
強力な振り下ろしを今度は受け止めながら剣を捻る。するとベアトリーチェからはどうなっているのかわからないが手から剣を弾き飛ばされてしまった。
カイリスの持つ
これを利用してテコの原理で剣を奪い取ったのだ。
「これで終わりだ」
その宣言と共に草原に落ちたリュシオラの腹に向け、渾身の力でイグニレスを突き立てた。
青色の火花が散り赤雷が双方から飛び散る。そうして半ばから砕け散ったのはリュシオラではなくイグニレスの方だった。
砕けたとともにカイリスが膝から崩れ落ちる。
「ほらやっぱり」
「隊長!?」
「アンタは先に柄打ちね」
「いぎゃっ!?」
駆け寄ろうとした
「大丈夫カイリス?」
ハッとしたような顔でこちらを見るその目に昨日の冷静そうな感じが戻っていたのでベアトリーチェは少し安心しながら落ちた剣を拾って背中にくっつける。
カイリスは頭を振ってから立ち上がるとベアトリーチェに向かって頭を下げた。
「すまない。忌剣を狩る破刃隊を率いていながらまさか俺自身がのまれていたなんて」
「いや別にいいよ。パパルのおっさん以外と戦えて勉強になったし顔あげて」
その言葉に頭を上げたカイリスの視界に左拳を握っているベアトリーチェが写った。
「それはそれとして盗もうとしたから柄打ちね」
「ぐわぁぁぁ!?」
脳天に拳が直撃したカイリスも他の隊員たちと同じように頭を抑えて地面を転げ回った。
そこへ森の方から二人組がゆっくりとこちらにやってくる。
「やあお嬢さん。これどういう状況?」
肩を支えられながらやってきたのはストレイジである。革鎧はつけておらずシャツが破けて腹が見えてしまっていた。
「泥棒は良くないから柄打ちしただけだよ」
「あー、さっきまで俺は大怪我してたし勘弁してくれないかな?」
「なんで怪我したの?」
「そりゃお嬢さんの剣を持ってたら急にすっ飛んで脇腹抉られたのよ俺」
「それを魔術師たる私、シアンが治してたって訳イッダァァァ!?」
怪我人らしいストレイジはスルーしたが魔術師の方は頭に拳を落とされて悶絶する。
破刃隊に並んでもらって草原に全員で座ると、ベアトリーチェはリュシオルを草原に置いた。
「なんか色々合点がいく所がいっぱいあったのかもしれないけどコレ忌剣って奴じゃないから。そっちの理屈と偶然一致してただけかもしれないし故郷の言い伝えで災いを呼ぶ剣とか言われまくってたけど生まれて二十年そんな災い遭ったことないし」
言ってるうちに説得力がないのを自覚したのか指で頬をかいた。
「信じよう」
「えっ隊長?」
「俺が忌剣を壊そうとした時、持ち主は皆死に物狂いで抵抗した。ベアトリーチェにはそれがなかったのは事実だ」
「えっ、でも鑑定が……」
「確かにお嬢さんの方を相変わらず向くな。だが例外があるのかもしれない。ジキッドに戻ってユニオンに報告してからだ」
「すまなかったベアトリーチェ。お前も目的地はジキッドだろう? 馬車があるが良ければ乗って行くか?」
「いや馬車よりアタシの方が速いし別に良いよ」
「そんな遠慮しなくて良い。迷惑をかけたのはこちらだ」
「いや本当に」
「本当か?」
「本当」
朝日が出て森の方に隠していた馬車と共に出発して、延々と歩き続けているとケマルタが隊長の肩を叩いた。
「これ以上歩かせ続けると馬が潰れちゃいますよ。一旦休みましょう」
「じゃ、アタシ先に行ってるからまたジキッドでね」
「……ああ、また会おう」
休憩を取る破刃隊に元気に手を振りながらそのまま街道を進む。
「ベアトリーチェは本当のことしか言わないな」
「隊長だから俺はお嬢さんって呼んでるんだ世間知らずが過ぎる」
「別に世間知らずじゃないよ!!」
風に乗って会話が聞こえて来たので反論すると二人が大笑いしだしたので少し恥ずかしくなり顔を赤くする。
ベアトリーチェはそれを振り払うように先を急いだ。
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