第3話
ベアトリーチェを除いて、その場にいた誰もが勝ったと思っていた。
大爆発の衝撃を受け、あの高さから落ち、顔面に剣が刺さっているのを見ていればそう考えるのは当然のことだった。
「まだ生きてるぞ!」
「殺せ!」
だがドラゴンは動いた。トドメを刺そうと腹を刺し頭に叩きつけられた武器が逆に破損するほど鱗は強固だ。
頭に刺さっていた剣を振り落とすついでと、攻撃して来ていた冒険者たちを薙ぎ払って弾き飛ばす。
再び飛びあがろうとしたドラゴンが、地面に叩きつけられ、いいや踏みつぶされた。
上から降りて来たベアトリーチェがドラゴンの頭に落着したのだ。
「やっぱりね」
地面に叩きつけられたドラゴンの頭から血が飛び散っている。ベアトリーチェは頭から飛び降りるがすぐに頭から紫炎が吹き出す。かざした右手に、先ほど抜けた両手剣が収まって、右手を上段に構える。
「これで今度こそ終わりだ!」
振り下ろした一撃で、鱗が切り裂かれ首の骨が砕ける。紫炎を無視して剣を振り下ろし続けると遂に長い首が切り落とされる。紫炎が吹き出すことをやめ、ドラゴンは今度こそ本当に死んだ。
一瞬の静寂の後、ベアトリーチェが血まみれの剣を掲げた瞬間歓声が爆発した。
「ドラゴン殺しだ!」
「よくやったな! えーと……誰だ?」「パパルの所の奴だってよ!」
「果ての止まり木の冒険者か!」
「ベア……ケレスド・ベアトリーチェ=リュシオラって名前だから今後ともよろしく!!」
ドラゴンの周りに集まってきたみんなに笑顔で手を振ったり握手したり答えていると、そこへ空からルンクルーが降りてくる。
みんながあけた道をやってきたルンクルーはピポグリフをベアトリーチェはの前で座らせて、手を差し出した。
「徒歩で中に行くのは味気ないだろう? せっかくなら乗ってきな」
「本当に? ヒポグリフ乗るの初めてだよ」
「いやさっき乗ったけどね?」
ピポグリフの背に改めて乗ってみると、馬の部分は艶々していて触り心地がいい。いつまでも撫でていたいくらいだった。
「ホラ! 立役者の凱旋だよ! 門を開けな!」
「というかこのまま乗ってどこ行くの?」
「それなら酒場に決まってるでしょう。祝勝会さ」
門が開いて中に入ると衛兵の面々が拍手で迎えてくれた。市民はまだ避難していたりなんだりで戻ってきていないようだ。
都市内に逃げ込んだピポグリフもまだ捕まえ切っていないようで後ろについてきていた冒険者たちも、もうひと稼ぎと散っていった。
「それじゃ、ピポグリフ返してくるから中で待っててね。最初に依頼終えた時料理気になってただろう? 食えなくなるまで好きなだけ食べさせてあげるよ」
「それは楽しみ。ど真ん中の席で待ってるよ」
ニコニコとしながら酒場に入ると、依頼達成の時とは違って給仕をしている人と料理人しかいない。
エールを飲んでくれた人は冒険者じゃないと言っていたので、てっきり仲間と合流して飲んでいるのかと思っていた。
「あら、お帰りなさい。またエール飲む?」
「再挑戦してみようかな」
「ドラゴンが出たって騒ぎになってたけどもう終わった?」
「ドラゴンならそのお嬢さんが倒したよ」
「あ、エールのおっちゃん」
同じデザインの革鎧を着た複数人を引き連れやってきたのはエールを飲んでくれた人である。
「エール……? 若干酒の匂いがしてると思ったがストレイジお前……」
「いやいや違うんですよ隊長! そこのお嬢さんが困ってたから人助けに飲んだだけでね!」
「飲んでるじゃないかおい。何をやってんだ」
自分より若い隊長と呼ばれる男にギロリと睨まれたエールのおっちゃんことストレイジはベアトリーチェを盾にするように背後に回った。
「ほらお嬢さん。怒ってるコレが俺の待ってた仲間たちの隊長、カイリスだよ。ほら隊長も名乗って」
「…………破刃隊のカイリスだ。部下が失礼しているな。すまない」
「アタシはケレスド・ベアトリーチェ=リュシオラ。よろしくカイリス」
名乗ったベアトリーチェが握手に右手を差し出すがカイリスはそれを手で制した。ストレイジは微笑んでいる。
「すまないがこちらの都合で握手はできないんだ許してくれ。紹介しよう。後ろにいるのは副長兼鑑定士のストレイジ」
「そうそう鑑定士もやってるんだ。しってるか? 道具使って鑑定するんだ」
正方形の水晶に紐をつなげた代物をポーチから取り出して垂らすと、ベアトリーチェの方へゆらゆらと引き寄せられられるように揺れている。
「これは使い手が必要と思ったものに引き寄せられる性質があるんだ。本物を求めれば揺れる、それを鑑定に利用してるってわけだ」
「それはさておいて、ドラゴン退治は見事だった。アレを放置すればこの都市には重大な損害が出ていただろう。賞賛に値する」
褒められてまんざらでもない様子で顔を綻ばせた。
「これからどうするんだいお嬢さんは」
「んー、ここで祝勝会したらジキッドに帰ろうかと思ってる」
「そうか。ともかく会えてよかったよ。またいつか会うだろう」
アレ、酒場に来たのに何も食わないの? と首を傾げるベアトリーチェを背に破刃隊は出て行った。
給仕と顔を見合わせた後一旦背伸びをして、おもむろに剣をテーブルに立てかけ、イスにカッコつけながら座る。
「じゃ、今度こそエール一杯お願い」
「器小さいのにしますか?」
「いや、さっきは急いでて無理に飲もうとしたから飲めなかっただけかもしれないし、並の大きさで」
再び出された陶磁器に入ったエールを飲む。一口飲んで口を絞るような微妙な顔をした。パパルのおっさんはなぜあんなに美味そうに飲んでたんだと再び口に含む。
「ここのエールは単品で飲むもんじゃないよ。火口の腸詰め焼きと一緒に食ってみな」
ルンクルーが戻ってきてそう言うので、ベアトリーチェは口の中のエールをごくりと飲み込んだ。料理を作ってもらっている間に人が増え始めその中心部分に自分がいる事にベアトリーチェが頭をかいて顔を赤くする。
「やっぱりドラゴンが来るジキッドの冒険者は違うな。居なかったら死人が大勢出てたかもしれん」
「その場合は初死人は俺たちだったな。レッドドラゴンが火炎じゃないもの吐くなんて聞いてないぜ」
「アレはミアズマって奴だね。こんな所に出るなんて思ってなかったよ」
ドワーフたちもやってきて、ベアトリーチェのテーブルに椅子を持ってきて座った。そこへ注文していた焼かれた腸詰めの皿とドワーフたちが注文した酒が出される。
山盛りの料理は湯気を立てていて、刺激臭に鼻をすする。今まだ経験したことない刺激的な香りだが嗅ぐと腹が音を立て、よだれが口の中に湧いてくる。
「それじゃ早速……」
「待ちなよ。せっかくだ。ドワーフ式の感謝を受け取ってよ」
ルンクルーが火打石を持ってきてドワーフたちの酒に火花を落とす。
青い火が着いた。それベアトリーチェの方を向け、掲げた。
「「「「「ベアトリーチェに感謝を」」」」」
「あっ……どういたしまして?」
ベアトリーチェは飲み物に火がつくさまに気を取られて少し遅れてから掲げ返す。
そんな様子にルンクルーたちはワハハと大声で笑ってから火のついた酒を一気に飲み干してぷはぁと火を吐いた。
今度こそは腸詰めを口にする。一本丸々口に入れ、噛めば程よい塩気と肉汁の味が口の中に広がり、それが徐々に熱を持って痛みが走り出した。
「えっ何これ痛っ口の中痛っ!?」
「辛いだろう? でもドワーフ名物の火口の腸詰めは鍛冶場の火仕事でバテたドワーフも一口で元気になる代物さ。そこでエールを飲むんだよ」
促されるように、実際には痛くてたまらないので促される前から飲む気だったが。エールを喉を鳴らしながら飲むと、苦味と辛さが打ち消しあって良い感じに風味を感じられるような気がした。
気がしただけである。辛くてそれどころではなかったのだ。
「確かにこれクセになりそうだけどさ……アタシひとつだけ言いたいことがある」
ひたいの汗をぬぐってルンクルーの方を真剣な目で見つめた。
「アタシの知ってる辛いじゃないコレ」
ルンクルーたちは大爆笑であった。
「この魔剣、あれだけドラゴン殴って歪みひとつないのう。再生タイプか? 剣の銘は?」
「他人の魔剣を気安く触るな」
「ええじゃろ手袋はしとるし気になるじゃろ」
「ドワーフの悪い癖出てるね……悪いねベアトリーチェちゃん」
「あっ辛っ辛……本当の銘はわからないけど昔からリュシオラって呼ばれてる。それに触ってもただの刃物だから大丈夫だよ。遠くに持ってくと飛んで帰ってくるけど」
しばらく祝勝会のようなものを楽しんでいたら、ドワーフたちがテーブルに
「アタシとしてはあの爆発する樽何でできてるのか気になったな。故郷とジキッドじゃあんなのなかったし」
「アレは属性魔晶石と
風で火を相乗してその火で水を相侮するとかなんとか」
「うーんよくわかんない……あちちち……ん?」
「あ、お水どうぞ」
「ありがとう」
仕組みを聞いてもよくわからなかったので、満腹で暑くなった顔を手であおいだ。
そこへ垂れた耳をした犬の頭を持った
笑顔でコボルドの方を見た時にはもう酒場の雑踏に消えてしまっていた。
「コボルドが冷たい水くれるなんて珍しいね」
「そうなの?」
「あ、いやでもアンタがドラゴン倒したの見てたのかもね」
「なるほど」
水ですっきりしたベアトリーチェは両手の指を組んで立ち上がると背伸びをした。
「じゃ、そろそろジキッドに帰ろうかな」
「は? まだドラゴン退治の報酬も出てないよ。今日は宿に泊まってきな」
「いや、依頼終わったらすぐ帰るってパパルのおっさんに言ってあるし……ツケといて!」
剣をドワーフから受け取ると、そのまま背にくっ付けて酒場からベアトリーチェが飛び出した。
「ツケるってそういうもんじや……って気が早いね!? おいみんな主役が帰るみたいだよ!!」
表に出たベアトリーチェを酒場の人たちが酒や食べ物を持ったまま見送ってくれた。
ベアトリーチェはそれにはにかみながら手を振りかえして、タナトテアを後にしたのだった。
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