第2話

「ドラゴン……」

「ドラゴンだ!」

「なんてデカさだ!?」


 それまでヒポグリフを捕まえていた畜産者や市民、そして冒険者に一気に混乱が広がった。

 多くが壁の内側に逃げようとベアトリーチェの出てきた通用口に殺到する。


「危ないなもう。どうすんのあのドラゴン」

「どうにかしなきゃ都市が滅ぶだけよ。みんな聞きな! 私たちの都市守るよ!! 炎人ドワーフは私と一緒に前に! ほかの奴らは魔術師から火除けの術かけてもらいな! あと上の奴! ヒポグリフライダーとスヴェルム教会の神聖術師も呼んできな!」


 ルンクルーの叫びに第一に反応したのは冒険者たちだった。ドワーフはルンクルーを含めて五人しかいないが。全員が横並びになって遠くからこちらへ進行してくる赤竜レッドドラゴンを見据える。

 ドワーフは火を無効化する種族だが、ドラゴンと相対することは恐ろしいようでベアトリーチェから見た背中は少し震えていた。

 少なくない数がいた魔術師たちは両手を合わせ魔術行使の為の魔力を練り始める。

 

「アタシも手伝うよ」

「あなた火除けの術は?」

「大丈夫、ドラゴン倒すのは慣れてるんだ」


 自信満々の顔で三度屈伸をしている様はルンクルーたちが視線を上下に揺らしながら心配そうな顔をさせた。


「いやブレス吐かれたらやばいって話? 理解してる?」

「おいお嬢さんよ。そんな恰好じゃワシらと違って丸焦げになっちまうぞ」

「焦げなくとも食い殺されかねんけどな。ダナンやあの盾無いのか?」

「ミストリルの盾なんてヒポグリフ相手に持ってこんわバカモン」


 ドワーフたちが並んだベアトリーチェが背負っていた剣を右手に持ち、覆っていた布を引っぺがすと言葉を止めてごくりと息をのんだ。

 それはベアトリーチェの背丈ほどある両手剣で、片刃から切先両刃になるわずかな反りを持った曲剣だった。

 濡れたようにも見える艶やかさに金属に目の無いドワーフたちは迫るドラゴンのことも忘れ色めき立っていてそれにつられてベアトリーチェもにやにやしてしまった。


「えらい業物に見えるが……」

「いい剣だそういうのはなかなか見ない」

「パパスさんもいいモノ持たせてくれたのね」

「いやその金属の輝き……あんたそりゃ、魔剣か? もしそうなら何ができる?」


 魔剣という言葉に、まず発したドワーフへ、次にベアトリーチェにルンクルーたちの目線が移動する。

 魔剣ならばこの状況を打開できるのではないかという期待も込められていた。

 その期待にベアトリーチェは調子に乗って剣を掲げる。


「捨てても手元に戻ってくるし壊れない!」

「そりゃ魔剣じゃなくて呪われた剣だよ……」

「やっぱり下がっといた方がいいんじゃないか」


 期待値の高さに対して微妙だった。壊れないし折れないんだよ!? すごいじゃん!! と片手で剣を振って無言で訴えかけているがスルーされた。


「ともかくブレスを吐かれるときは離れてるんだよ?」

「そんな心配しなくても大丈夫だって。それよりドラゴンどうやって落とすの?」

「腹減りだからこっちまで来れば馬を襲うさ」

「降りてこなければアレを使う」


 ルンクルーが指差した先にあるのは車輪のついた台座に固定された代物だった。大きい弓? とベアトリーチェが首を傾げる。


「残念ながらタナトテアにジキッドみたいに抗竜杭はないよ。あるのはピポグリフ捕獲用の大弩の網発射装置くらいね。それでも無いよりはマシ。あとは魔術師の魔術と、衛兵の弓に期待するしかないね」


 後ろを振り向けば、側防塔には弓を携えた兵たちが続々と集まっている。魔術師が駆け寄って来てベアトリーチェに火除けの術をかけてくれた。


「ありがとう」

「ドラゴン相手じゃ気休めみたいなモノです」


 その件のドラゴンと言えば、ピポグリフを貪り食いながらこっちへ向かってくるのをやめない。

 ピポグリフのサイズならあのドラゴンは一、二匹食えばお腹いっぱいで帰りそうなんだけどなとベアトリーチェは思ったが、現実問題満足する様子はない。


「来るよ……!」


 地平線から姿を現して十分。気を張るのには足りるが対策するには何もかも足りない短時間でドラゴンはついに壁付近へ到達した。

 ドラゴンはドワーフや人より先に柵に囲まれている馬たちに目をつけたらしく、急降下で馬の頭を噛みちぎりながら着地した。

 隆々とした四肢は輝く赤い鱗に覆われ、漆黒の目はだこを向いているのかわからず、ひと噛みで人を絶命させるような牙が生え揃った口からは紫炎がこぼれる。

 その不気味な威容に怯む事なくベアトリーチェたちは武器を構え走り出した。


「今だよ! 突撃!!」


 別れて突進してくるベアトリーチェたちに気付いたドラゴンは胸を張るように上体を起こす。ブレスを吐き出す予備動作だ。

 炎嚢と呼ばれる臓器から可燃物を口から吐き出し、それに着火するのが火炎のブレスだ。


「くるよ! 全員気張って!」

「「「「おお!」」」」


 ドラゴンといえど生物なので、ブレスを連続で吐くことはできない。一吹き目をドワーフたちで無効化し、ベアトリーチェや控えた冒険者たちが突撃する作戦だった。

 先に突撃するひとたちの事は故郷では切先と呼ばれていた。危険と隣り合わせの代わりもっとも名誉ある役割。

 それに積極的に参加していたベアトリーチェはルンクルーたちの方を向くドラゴンに違和感を覚えた。

 大体のドラゴンは火炎のブレスを吐くとき、牙をかみ合わせて火花を散らすのだ。


「逃げろルンクルーたち!!」


 間違ってたら間違ってたでしょうがない! と走っていた勢いを全て足の裏から地面に叩きつけ、そこから生まれた反動を全身で増幅し、右手に持っていた両手剣を思いっきり投げた。

 投げたと同時、ドラゴンが口から火炎ではなく白紫色の光線を吐き出した。


「何っ!?」


 風切り音と共に縦回転しながら剣はドラゴンの頭部に衝突し、ツノに刃が食い込む。

 その衝撃で射線がズレ、壁を薙いだ後空に光線が消えていった。残されたのは装備が融解したドワーフ達だ。

 光線に怯まずベアトリーチェが駆け寄って来るのを見たドラゴンは、自身のツノに刺さった剣の下手人を理解し翼を広げた。


「飛ぼうとしてる! 押さえつけて!」

「わかった!」


 ベアトリーチェの要請に魔術師たちが攻撃を始める。

 しかし魔術攻撃をものともしない様子に魔術師たちは拘束魔術に切り替えるが、それでも魔力で編まれた多数の鎖が容易く引きちぎられる。

 大弩から網が発射されドラゴンに絡みつくが、ドラゴンはものともしない。網を引きちぎるか、網とつながる縄を大弩を地面に固定する杭ごと引き抜き空へ飛び上がった。


「くそ! なんなんだありゃ!」


 大弩を撃った冒険者が悪態をつくのを尻目に、ギリギリのところで縄に手が届いたベアトリーチェも一緒に空に上がる。


「暴れんなよっ」


 上昇するのを中断して身を捩って縄の先にいるベアトリーチェを振り落とそうとするが、それよって引っ張り上げられた勢いを利用して網の絡まったドラゴンの背びれに取り付く。

 右手に剣で背中を切ろうとするが、大暴れするドラゴンのせいで上手く刃が立てられず振り回しても鱗の上を滑るばかりだった。

 アタシの下手くそ! と怒りながら切るのではなく鈍器として背中を殴りまくる。


「えっうわっ!」


 そうやって暫くの間殴られ続けたのが効いたのかドラゴンが暴れるのをやめて、頭をこちらに向けて口を開いた。

 そしてあの光線を吐いてくると思い咄嗟に防御の体制をとった隙をついて背中を跳ね上げられた。その動きに耐えられず上空へ弾き飛ばされてしまった。

 目の前に広がるのは口を開いたドラゴンと都市。口を開くドラゴンに集中する視界の隅で何かが動く。

 目線をずらせば都市の方で何かがこちらに向け手を振っていた。

 それは地上にいる冒険者や魔術師や衛兵で、ベアトリーチェが見ていると確信したのか今度は耳に手を当てる動作を繰り返し始めた。


「なに、耳塞いだらいいの!? なんで!?」


 やれって言うならやるけど、と剣を放り投げる。光線がもうすぐ来るというのに守りも何もない姿勢でベアトリーチェは騒いだがすぐにその意味を理解した。

 あるものが飛んできたのだ。

 そのドラゴンに向けて飛んでくるものとは、複数個くくられた樽の塊だった。

 その樽にベアトリーチェは見覚えがある。ピポグリフを気絶させるのに使っていた爆発する樽なのだ。


「やっばぁぁぁぁい!」


 耳を塞ぐだけじゃなく体を丸ながら絶叫するベアトリーチェ。

 樽の塊は、ベアトリーチェに向け光線を吐こうとするドラゴンの背中近くで大爆発を起こし、ドラゴンの背後から衝撃波が発生してドラゴンに続いて飲み込まれる。

 耳鳴りだけが聞こえる世界。

 至近距離で爆発を受けひるんだドラゴンの顔面に向けベアトリーチェはもう一度剣を投擲、今度は眼窩に刺さり、悶え苦しみながらドラゴンは落下していく。

 地面に吸い込まれてるみたい、などと思いながらベアトリーチェ自身も落下し始めた所で、ピポグリフが飛んできた。


「あっちょっと今大事なところでっピポグリフに食われる?」

「食われないよ! パパルさん所でやってくなら知識つけなさいねベアトリーチェちゃん! あなた重たいね…‥⁉︎」


 ベアトリーチェを掴んだのはルンクルーだ。怪我をしてもののピポグリフに乗って引っ張り上げられる程度には元気なようだ。

 ほっと息を吐くのに対してベアトリーチェはドラゴンをまだ見つめている。そして上空からでも聞こえるほどの衝突音がした。


「流石に終わったね……ってイタタタタ」


 緊張が途切れてルンクルーが息を吐いた。


「いや、あのままじゃダメだよ」

「は? ちょっ!?」


 全く予想外の飛び降りに、驚いたルンクルーの声を背にしながらベアトリーチェはドラゴンに向け飛び降りたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る