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 「げ……」

 「開口一番『げ』とはなんだ」

 扉を開けて中に入ると見知った顔があったので思わず反応してしまった。

 見知った相手――女性医師のヴェルニア・セラリタは呆れたようにわざとらしく大袈裟に溜め息を吐く。

 「相変わらず失礼な男だな」

 「なんでアンタがいるんだよ」

 「今年の担当医も私だからだ」

 後ろ手に扉を閉めると、対面の簡素な椅子に座るよう促された。

 抵抗することも考えたがここにきてジタバタしてもしょうがない。

 仕方なく、俺は椅子に座った。

 「しかし、お前も律儀だな、ドレ。そんなに嫌なら来なければいいだろうに」

 「すいませんね。育ちが悪いもんで、無料で受けられるものは受けちまうんだよ」

 こっちが何かを支払う必要がないのだからやるだけ得だ。

 損得を上手く切り分けて行かなければ、明日どころか今日の生活すら怪しい日常の中で生きていけなかった。

 いわゆる上流階級として生きてきたヴェルニアには分かるまい。

 皮肉気味にそんな言葉を投げてやったがヴェルニアはまた面倒くさそうに溜め息を吐くだけだった。

 「……まぁ、なんでもいい」

 会話を切って、ヴェルニアが空中に指を走らせた。

 俺の足元に円形の魔法陣が浮かび上がり、光った。

 「動くなよ」

 「はいはい」

 身体検査用の魔法陣。

 身体の不調を検査する高度な魔法で、医者の中でも使えるものはそう多くないらしい。

 それをあんなに簡単に発動させるのだからヴェルニアの実力が窺い知れる。

 とはいえ、この高度な魔法も対象が動けば精度が下がるらしく、動かないように釘を刺される。

 ガキじゃあるまいし言われなくても動かないだろ、と思うが文句は飲み込んだ。

 ゆっくりと俺の身体を光が包んでいく。

 「……今日はキルはどうした?」

 「お友達と遊ぶってよ。さっき元気に走ってったよ」

 家を出てしばらくは一緒だった。

 途中でキルは公園へ向かい、俺はギルドへと足を運んだ。

 ギルドへの道は表通りにあり、わざわざキルに護衛をさせる必要はない。

 だから一緒に家を出なくてもいい、と言ったのだがキルが付いてきたがったので一緒に家を出た。

 しかし、そのわりにはあっさりと元気そうに別れて公園に向かっていった。

 単純に公園に早く行きたかっただけなのかもしれないが、子供の考えることはよくわからない。

 「しかし、いつもながらお前がそういう風にきちんと保護者をやっているのを見ると不思議な気分になるな」

 キルと俺の関係を知ってる者は当の俺達以外には誰もいない。

 しかし、傍目に見れば保護者と保護される側に見えるのであろうし、そういうことにしている。

 そのせいか、実際の俺とキルの関係はそんなものではないはずなのに、俺達自身もいつの間にかそのように生活しているような気がする時がある。

 昔なら不快極まりないはずのそれが、最近は気にならなくなった、と思う。

 「……安心しろ。俺も不思議で仕方ねぇよ」

 「そうか……」

 俺が呟くように言った言葉に、ヴェルニアは優しく微笑んだ。

 それが、珍しい表情だったので思わず見つめてしまった。

 数瞬の間が置かれる。

 夏の終わりを告げるような涼風が診察室のカーテンを揺らした。

 油断。

 ばちん、と完全に呆けていた俺の肩をヴェルニアが強めに叩いた。

 「痛っ……!」

 「そら、終わったぞ。次の検査するぞ、次」

 「おい!患者にはもっと優しくしろよ!」

 「病人じゃないやつは患者じゃねぇ」

 先程の穏やか表情とは一変、ヴェルニアはいつものような意地の悪い笑みを浮かべた。

 さらに、あろうことか懐から取り出した煙草を咥えて、魔法を使って火をつける。

 これ以上、文句を言っても面倒くさくなりそうだ。

 俺は黙ってヴェルニアの次の指示に従った。

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