14

 その後、家に帰ってすぐに倒れ込むように眠り、今目が覚めたのだった。

 昨日よりも明らかに痛い喉と昨日より明らかにフラフラする頭で、昨日の顛末を改めて考えてみれば風邪が悪化したのはなんとも納得のいく結果でしかない。

 納得しつつ、ベッドから体を起こす。

 さて、今は何時だろうか。

 窓の外に目を向けてみれば日は高く昇っていた。

 正午過ぎだろう。

 本当にずっと寝てしまっていたらしい。

 しばらくぼーっと窓の外を眺めてしまったが、キルにご飯を作っていないことに気付いた。

 このままだと朝も昼も抜かせることになってしまう。

 体の倦怠感は強いが覚悟を決めて起き上がろうとしたところで、足元に何かがいることに気付いた。

 「……あー……」

 この家は俺とキルの二人暮らしなので必然的に足元にいる存在の正体がわかる。

 「……おい、キル。なんでこんなとこで寝てんだよ、起きろ。もう昼だぞ」

 毛布をかぶって俺のベッドに半身を預けているキルの体を揺すってやる。

 「ふぁ……、ドレ……?」

 キルはすぐに目を覚まし、開いたばかりの目を擦りながら俺を見上げた。

 俺の体を心配してくれたのか、それともキル自身が心細くなってしまったのかはわからないが、おそらく昨日の夜から此処にいたのだろう。

 頬に触れてやるとその体温は随分と冷たく感じた。

 毛布一枚でこの季節の夜は寒かっただろう。

 キルが風邪を引かない事も極限環境でも問題なく活動できることを知っていても心配になってしまうのだから、我がことながら人間の心理とはうまくいかないものだと思う。

 自分のことを鼻で笑って、キルがくすぐったがっている手を頬から頭に移して撫でてやった。

 キルが嬉しそうにはにかんだ。

 「……ドレ、風邪治った……?」

 「いーや、全然」

 「えっ……!!」

 すっかり治ったのだろうと考えていたのかキルが目を丸くした。

 なんとも軽快な驚きっぷりに思わず笑ってしまった。

 「大丈夫だよ。寝てりゃあ治んだから」

 「……ほんと……?」

 「たかだか風邪で死んでたまるか。俺が嘘ついたことあるか?」

 そう訊ねるとキルは真剣な顔で少し考えてから口を開いた。

 「……いっぱいある」

 「えぇー……。そこは無いってことにしといてくれよ」

 がっかりしながら言ってやるとキルはクスクスと笑ってから俺の目を見た。

 「……ドレ、嘘吐きだから」

 「えぇー」

 抗議してやろうと回らない頭を必死に動かそうとしている間に玄関のドアをノックする音が聞こえて来た。

 「ドレ、誰か来た」

 「んー……」

 はて、来客の予定などあっただろうか。

 今度はそちらを考えようとしたところで来客者本人の声が解決してくれた。

 『おい、開けろ。今日も診察に来てやったぞ』

 ヴェルニアの声だった。

 「……やべ」

 「…………?」

 そういえば昨日、「明日も様子を見に来る」と言っていたことを思い出した。

 風邪は悪化している。

 何故なら昨日、(俺のせいではないとはいえ)街中を動き回ることになったからだ。

 そのことをヴェルニアに知られればグチグチと説教を受けることになるのは確実だった。

 俺はすぐにベッドに横たわり布団を被って、不思議そうに首を傾げているキルに指示を出した。

 「キル、俺は寝ていることにするからお前がヴェルニアの奴の相手をしてくれ」

 「? うん」

 「いいか? 俺は寝てるからな」

 コクンと頷いたのを見て俺は目を閉じた。

 あとは寝ているふりをしていればいい。

 ヤツも医者だ。

 わざわざ病人を起こすような無粋な真似はしないだろう。

 布団の中に溜まった暖かい空気とフラフラと揺れる意識に身を任せ、すぐに睡眠の態勢に入った。



 『おー、キル。ドレ元気か?』

 『風邪治んなかった』

 『あ? 本当か? 今寝てるのか?』

 『さっきまで起きてたけど今は寝たふりしてる』



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