12

 少女の死体は、アジトを潰してくれた例の冴えない男とやらを探し出して送りつけてやろう。

 どうせ、娘か何かだろうから、相当愉快なことになる。

 報復としては上出来だろう。

 考えて、男はニヤリと笑っていた。

 

 が、当然キルは倒れてなんかいない。

 

 遅れて状況のおかしさに男も気付き始めた。

 先程まで少女の体はこちらを向いていたハズだった。

 今は、まるでハットの男の発砲に反応したかのように体を後ろ側に捻っていた。

 少女の表情は見えない。


 パァン。

 再び破裂音が響いた。

 ハットの男が再び発砲した音だった。

 しかし、今度も少女の体は倒れない。

 よく見れば少女の腕の位置が先ほどと変化していた。

 ――何が起こっているのかわからなかった。

 それでも本能が危険信号を発しているせいか知らないうちに呼吸が浅くなっていった。

 少女を挟んで向こうにいるハットの男も同じようなものようで、たじろいでいるのが見えた。

 

 少女、キルが立ち上がる。

 それだけで場の空気が変わったようにガタイのいい男とその取り巻き、ハットの男は感じていた。

 立ち上がったキルが閉じていた掌を開けると、パラと音を立ててつぶれた弾頭が地面に落ちた。

 弾丸を避けることも簡単だったが、周りの少女達に当てるわけにはいかないので弾丸を掴むことにしたのだった。

 キルにとっては、どちらの行為も難易度はさほど変わらないからだ。

 

 立ち上がったキルと対峙するハットの男の額に冷や汗が噴き出し始める。

 男は雇われの用心棒で、口にしたくないような闇の仕事をおもに引き受けてきた。

 命のやり取りなど日常茶飯事で、それでも今日まで死なずにいられたのはつまりは実力で、相当な手練れなのだが、そんな男でも今の状況を分析できずにいた。

 それでも、ゆっくりと拳銃をホルダーにしまい両手を空ける。

 魔法を全力で行使するためだ。

 男の経験と本能が目の前の少女の危険性を伝えていた。

 「……逃げろ」

 雇い主である自称盗賊団に短く言葉を投げかけ、魔力を練り、魔法陣を――!!

 ――キルが開いたままの掌をハットの男に向けた。

 直後、魔法を使う間もなくハットの男を襲ったのは捉えどころのない、ただ衝撃というしかないようなキルの魔法だった。

 キルの放った衝撃は一抹の抵抗すら許すことなく瞬時に百戦錬磨の用心棒の意識を刈り取り、容易く馬車の残骸までその体を吹き飛ばした。

 ガシャン、とあっけないほど軽い音を立てて倒れたままの馬車が更に壊れた。

 

 「は……?」

 ガタイのいい男には何が起こったのか、まったく理解できなかった。

 いや、その場にいた誰もが状況を理解できていなかった。

 一瞬、沈黙が流れ。

 『――ウッ、ウワァアアアア!!』

 盗賊団の取り巻きたちが叫び出し、逃げ始めた。

 なにせ大金をはたいて雇った『本物』の用心棒が目の前で、一瞬のうちに吹き飛ばされたのだ。

 状況はわからなくとも危機は感じ取ったのだろう。

 未だ動けずにいるリーダーを置いて蜘蛛の子を散らすように我先に走り出す。


 取り巻きの叫び声にゆっくりとキルが振り向く。

 方々へ散っていく取り巻きが目に入る。

 『あーいうの見逃すと後々面倒なんだよなぁ……』

 いつもドレが言っているボヤキがすぐにキルの頭に浮かんでくる。

 キルは両手を構えると電撃が迸った。

 幾重にも枝分かれする電撃は逃げた取り巻きたちを一人残らず貫き、意識を確実に奪っていく。

 キルの攻撃は終始静かで、すべての取り巻きが地面に倒れるとまたしても静寂が訪れた。


 その場に立っているのはキルと盗賊団のリーダー二人だけだった。

 もう盗賊団のリーダーは抵抗する意思すらなかった。

 自分の数倍強いはずの用心棒がやられた時点で勝ち目などなかった。

 アウトロー気取りのはみ出し者でしかないガタイのいい男にはこの場を打開する策などない。

 「なんだよ……。なんなんだよお前……」

 口をついて出た疑問に目の前の少女は可愛らしく小首を傾げた。

 「? キルはキルだよ」

 答えてキルが手のひらをリーダーに向けると、最初にハットの男を襲った正体不明の衝撃がリーダーを襲った。

 吹き飛ばされ、意識も沈んでいく。

 少女の答えはよくわからなかった。

 盗賊団のリーダーは少女の口にしたそれが彼女の名前である事すら最後まで気付かなかった。


 

 「……」

 立っているのはキルだけになった。

 眠ったままの少女達、方々に散らばる盗賊団の構成員、盗賊団のリーダーにハットの男。

 全員意識を失ったまま地面に倒れている。

 空を見上げれば綺麗な青空のてっぺんに太陽が浮かんでいるのが見えた。


 無言で空を眺めながらキルは悩んでいた。

 

 「おつかい……どうしよう……」


 困った顔で首を捻りながら、キルは悩んでいた。

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