10

 「で? 調子はどうなんだ?」

 ベッドの横に置いた椅子に座っているヴェルニアは何やら自分のカバンを漁りながら声を掛けた。

 診察用の道具を持ってきているのだろう。

 対するドレはベッドに横たわりながらも不満げな顔で抗議していた。

 「良かったらベッドに寝てねーよ」

 「まぁ、そりゃそうだ」

 「……つーか、なんでお前がウチに来てん――!!」

 文句を言ってやろうと口を開けたところで、何かしらがドレの口に突っ込まれた。

 細いガラス管の感触。

 見れば体温計だった。

 文句を遮られたことに怒ってやろうかとも思ったが、大人しく口に咥えてやる。

 ヴェルニアは相変わらずカバンの中から色々と道具を取り出しながら、ドレの咥えた体温計を覗き込んだ。

 「おーおー、みるみるうちに上がっていくな」

 「……うるへぇ」

 「相当熱ありそうだな」

 体温を測り終えるまではそれなりに時間が掛かる。

 ドレは大人しく体温計を咥えているしかないし、ヴェルニアも計測が終わるまで待つしかない。

 一瞬、部屋を沈黙が支配する。

 「あー……、そういえばキルは帰ってきていないのか?」

 気まずくなったのか先に口を開いたのはヴェルニアであった。

 言ってから彼女はキョロキョロと部屋を見回す仕草をした。

 「かへってきへねーみたいだそ」

 体温計を咥えながらドレがモゴモゴと答えた。

 そういえばキルは帰ってきていない。

 おつかいに出したのは朝のまだ遅くない時間だった。

 今は昼前。

 寄り道でもしているのだろうか。

 「朝、キルが私のところまで来たからこうしてお前の家まで診察に来てやったんだが……。キルが先に一人で帰ったはずなんだが、帰ってきていないのか? ……あぁ、検温終わったな、ほら返せ」

 口から伸びた体温計をヴェルニアが掴んだので口を開けて離してやる。

 「別にアンタを連れてこい、なんておつかい頼んでないんだが? 俺が頼んだのは薬貰ってこいだったんだけどな」

 「馬鹿垂れ。風邪の症状も把握できないような子供だけ寄越して薬を頼むな。診察しないと何を出していいのかわからんだろうが。ほら、今度は口を開けろ」

 乱暴に言われて文句を言ってやろうかと口を開こうとしたところで、ドレの口に今度は金属の棒が突っ込まれ無理やり舌を押さえつけられた。

 ヴェルニアは左手で平たい金属の棒を扱いつつ、もう片方の右手で器用に魔法陣を描いて魔法を行使した。

 ヴェルニアの細い指先に煌々とした小さな明かりが輝いた。

 ドレは仕方なしに口を開いてやった。

 「……うん、見事に腫れてる」

 「…………」

 何も言うまい。

 ドレは諦めて帰ってきていないキルの事を考えてみることにした。

 キルをおつかいに出したのは夢ではなかったようだ。

 そしてキルは確かにヴェルニアの診療所まではおつかいしてきたのだろう。

 ヴェルニアがそう言っているのだから確かなハズだ。

 多分、その時にキルを言いくるめてこの女はこうしてウチにまで乗り込んできたのだろう。

 ドレが不満げな目でヴェルニアを見つめると、視線に気付かれ睨み返された。

 元々、目つきの鋭いヴェルニアの視線の迫力は相当のものでドレも何も言えないまま視線を外してしまった。

 怖い。

 閑話休題、キルはどこに行っているのだろうか。

 キルがおつかいに行ったヴェルニアの方が早くドレの家まで来ている。

 ドレが寝ている間に一度帰ってきている事も考えられなくはないが、キルの性格上、寝ているままのドレを放っておいて出かけることは考えにくかった。

 だとすれば、だ。


 「終わったぞ」

 ドレの口の中から金属の棒が抜かれていた。

 まだ残る異物感で口の中で舌を動かす。

 ヴェルニアは持ってきていた診察表に診察結果を記入していく。

 「……キルは大丈夫なのか?」

 「あー……」

 可能性が高いのは、何かに巻き込まれていることだ。

 例えば、そう、人攫いなんて言うのは保護者が考えがちな脅威であるわけで。

 診療所までの道のりは、裏通りを抜けていくと薄暗い安全とはお世辞には言えない道も多く、そういう犯罪の噂は後を絶たない。

 キルも見た目だけであれば大人しい幼い美少女なので、そう言った犯罪の標的にされやすい。

 ただ、キルは普通の少女ではないので、正直心配する理由はそれほどない。

 「……まぁ、そろそろお腹空いて帰ってくるだろう」

 実際、たとえ問題に巻き込まれていたとしてもお腹が空けばすぐに帰ってくるだろう。

 キルはあれで食い意地があるので、諸々の問題よりも自分の食欲を優先するハズで、そうなればあらゆる問題を押しのけて帰ってくる。

 「大丈夫なのか?」

 ヴェルニアが心配そうにドレを見た。

 キルが何者であるかを知らないヴェルニアであるが、キルが只者ではない事は察している。

 それでもキルはまだ幼い少女で、只者ではないという事は心配しない理由にはならない。

 ヴェルニアのそんな視線に対して、ドレはバツが悪くて視線を逸らした。

 「……早く帰って来ねぇかな」

 窓の外は天気がいい。

 太陽は先ほどよりも上に昇っていた。


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